連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(42)」
あの手紙には先のことばかり書いてありました。これ、とても不自然です。
カテゴリ:コラム "銀幕を舞うコトバたち"
近年、洋画のタイトルはオリジナルがそのまま使われることが多いが、昔は一読しただけで興味を覚える優れた邦題が少なくなかった。たとえばニューシネマの傑作『俺たちに明日はない』や『明日に向かって撃て!』だ。それぞれ原題は『Bonnie and Clyde』と『Butch Cassidy and the Sundance Kid』。どちらも実在した2人組ギャングの名前がタイトルになっている。オリジナルのままなら、少なくとも日本での興行成績は随分違ったのではないかと思うのはぼくだけではないだろう。まさに名訳である。
日本映画だが、エラリー・クイーン原作、野村芳太郎監督の『配達されない三通の手紙』も興味をそそる秀逸なタイトルだ。原作の題名は『Calamity Town』。日本語版は直訳の『災厄の町』で、今ならスティーブン・キングあたりのホラーを連想させる。そのままでは映画は当たらないと判断したのだろう。作品の内容に沿った、ミステリアスな印象を与えるタイトルが採用されている。
手紙を題材にした名作は数多い。エルンスト・ルビッチの『桃色(ピンク)の店』、クリント・イーストウッドの『硫黄島からの手紙』、岩井俊二の『Love Letter』といくらでも思いつくし、最近では『ゴッホ 最後の手紙』のようなCGアニメもある。小津安二郎の『麦秋』でも手紙は重要な役割を果たしていた。原節子演じるヒロインは亡き兄の戦地から親友宛に書かれた手紙の存在に結婚を後押しされるのだ。そして、本作での手紙は殺人事件に絡む。しかも3通。1通目には妻が病気になったことが、2通目には妻が重体になったことが書かれ、3通目にはこう記されている。
「妻は死んだ。今日、息を引きとった。ぼくの妻はぼくを置いて旅立った」
いずれの手紙もタイトルにある通り、ポストには投函されていない。
物語の舞台となるのは山口県萩市。地元の名家でもある銀行家(佐分利信)には3人の娘がいる。長女(小川真由美)は父に背き、家を出てスナックを経営。次女(栗原小巻)は婚約者(片岡孝夫)が結婚を目前に姿を消したため、心を病んでいる。三女(神崎愛)は父が決めた許嫁(渡瀬恒彦)がいるが、結婚までには少し時間がかかりそうだ。
そんなところに次女の婚約者が突然舞い戻って来る。2人は父の大反対を押し切って結婚するのだが、まもなく夫の妹(松坂慶子)も現れ、図々しく居座ってしまう。物語の歯車が回り始めるのはここからである。
妹は兄とただならぬ関係にあるのは明らかで、何か企みでもあるように、次女の神経に触る言葉を吐いては奔放にふるまう。とにかく演じる松坂慶子の色香が画面からあふれんばかり。ドラマの主題歌でもある『愛の水中花』を大ヒットさせた27歳の頃だ。本作の前年には『事件』、翌年には同じく『わるいやつら』と、松本清張原作、野村芳太郎監督コンビの作品に出演しており、美しさの絶頂期に3作で悪女を演じていたことになる。
片岡孝夫を間に対峙する次女役の栗原小巻もただの脆弱な名家の娘ではない。艶やかな瞳の奥に狂気を宿し、耐え忍びながら反撃の機会をうかがっている小動物のようだ。
「妖艶」と「典雅」。性格も出自もまったく異なる2人の女性の磁力が強烈で、同じ空間にいるだけで今にも嫌なことが起こりそうな気配が漂う。川又昂のキャメラがとらえる室内映像も一貫して粘りを帯び、メランコリックな空気を孕んでいる。そして、殺人事件は起きる。事件の決定的な鍵を握るのは前述した手紙だ。書いたのは夫である。毒物学の本の間に隠されていた、事件の偽装と暗示を匂わせるこの手紙の存在を栗原小巻も三女の神崎愛も居候の外国人留学生(蟇目良)も知っている。
「あの手紙には先のことばかり書いてありました。これ、とても不自然です」
神崎愛とともに事件の真犯人捜しに乗り出す蟇目良の言葉である。神崎も蟇目も本作が映画デビュー作。佐分利信や小沢栄太郎らコクもアクもある役者ばかりの中、まだ素人に近い役者に素人探偵を演じさせたのは演出上の意図だったのか。初心者マークのドライバーに曲がりくねった道を走らせながらも、安定した語り口でまとめた手さばきは野村芳太郎らしい職人技である。
文 米谷紳之介
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