連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(40)」
めざし、おいしいですわ。
カテゴリ:コラム "銀幕を舞うコトバたち"
ロマンチック・コメディやロマコメという言葉が日本に浸透したのはいつ頃からだろう。“ロマコメの女王”と呼ばれたメグ・ライアンの主演作が相次いでヒットした1980年代から1990年代にかけてだった気がする。もちろん、もっと以前からコメディタッチの恋愛映画はあった。少々古いが、『モダン道中 その恋待ったなし』は今なら間違いなくロマンチック・コメディに分類される映画だ。 しかも、この映画、1958年の公開とは思えないほど斬新で、遊び心に富んでいる。冒頭からヒロインを演じる岡田茉莉子の人を食ったようなナレーションが入る。たとえば、こんな具合である。
「タイトルを見ているのは退屈なものでございます。では、ここでちょっとおしゃべりを」
観客の心理を見透かしたようにタイトルロールの退屈さを茶化し、主人公の佐田啓二演じる独身の銀行員がロマンチストで、その相棒となる高橋貞二が現実派の自動車修理工であることをさっさと紹介してしまう。 タイトルロールが終わり、福島県の飯坂温泉の場面になると、「ここはリアリスティックな描写で始まります」と説明し、温泉街を捉えた引きのショットから旅館の入り口へと場面が変わると、ご丁寧にこんな注釈を加える。
「ここまではロケーション。ここからはセット撮影です」
映画の終わりもこんな調子だ。
「この映画にしては少しウェットすぎるエンドでした。ここまでのおしゃべりは岡田茉莉子でございました」
一歩間違えば悪ふざけにも、お節介な解説にもなりかねないのに、岡田茉莉子のリズミカルで、観客を適度に突き放したようなクールなナレーションが耳に心地よく、映画のテンポと軽やかに共振する。『秋津温泉』などメロドラマの印象の強い岡田茉莉子だが、小津安二郎の『秋日和』といい、コメディができる美人女優というのが彼女の真価だと思う。
題名が示す通り道中記、つまりロードムービーである。テレビの懸賞で30万円(今なら300万円ほどか)を当てた佐田啓二は東北・北海道の周遊旅行に出かけるのだが、急行列車の車中で出会った高橋貞二と意気投合。ともに独身でもあり、旅はいつしか婚活が目的と化していく。 佐田啓二が好きになるのは浮世離れした富豪令嬢のような雰囲気の岡田茉莉子。高橋貞二が一目惚れするのは少し訳あり風の田舎娘の桑野みゆき。どちらもただの美人ではなく、いい意味で変人の匂いがする。佐田啓二にしても二枚目なのに弱気、そのくせどこか図々しい。こうした変な男女がニアミスや衝突を経て、ゴールへと駆けるからロマンチック・コメディは楽しい。
少しも重くはない。軽い話である。しかし欲張りな映画だ。コメディとロマンスとロードムービーの要素が盛り合され、さらにそれを外側から見つめるクールな視線(ナレーションを務める岡田茉莉子の存在)がある。これを当時39歳の野村芳太郎監督は、花菱アチャコや桂小金治ら芸達者な喜劇人を巧みな手際で出し入れしながら、映画を滑らかに離陸させ、着陸させてみせる。
佐田啓二が岡田茉莉子にプロポーズするシーンのやりとりが印象的だ。佐田は「あなたを幸せにする自信がない」と語り、その理由を挙げる。
「月給、手取り1万8000円。しがない雑貨屋の2階住まいです。朝飯は牛乳1本。昼は弁当。夜はめざしです」
これに対し、岡田がさらりと答える。
「めざし、おいしいですわ」
さらに電気洗濯機を買えるのは4、5年先のことで、それも月賦だと釈明すると、岡田は毅然と言ってのける。
「愛情の前ではなんでしょう。それくらいのこと」
岡田茉莉子の「めざし、おいしいですわ」の一言が、小津の名作『麦秋』を思い出させる。自分の息子と原節子の結婚話が瓢箪から駒のようにまとまったとき、母の杉村春子が唐突に口走った「紀子さん、パン食べない? アンパン」のセリフである。なぜか人生の重大場面で、めざしやアンパンといった庶民的な食べ物が口をついて出ると、会話も映像も弾み始めるのだ。意外性なのか、人間の深層心理に訴える何かがあるのか。
本作を観ると昭和30年代前半のモノの値段や価値ばかりか、当時の結婚観や家族観もよく分かる。まだ高度成長が始まって間もない時代の日本を包んでいた前のめりの空気がタイムカプセルに入ったような、明朗快活なロマンチック・コメディだ。
文 米谷紳之介
衛星劇場『生誕100年 ”職人”野村芳太郎のフィルモグラフィより』 CS放送の衛星劇場では、野村芳太郎監督の生誕100年を記念して、 4月から一年間にわたって監督作品を特集放送決定! 10月には「モダン道中 その恋待ったなし」も放送予定! ▼詳細 https://www.eigeki.com/genre?action=index&category_id=3&f_id=7451#FEATURE7451