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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(28)」
どうもこの東京っていうのは、
田舎からはじき出された、あぶれ者でうずまってるらしいな。

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 野村芳太郎の監督作の中で一番人気があるのは『砂の器』(1974年)だろう。そして、80を超える監督作の中で最も興行成績が良かったのが『八つ墓村』(1977年)である。しかし、この2つの大作に挟まれるように公開された『昭和枯れすすき』(1975年)こそ、映画ファンなら見逃したくない秀作だ。公開時の併映作は松本清張原作の『球形の荒野』。本来なら清張もので実績のある野村芳太郎がこちらを担当しそうなものだが、そうではなかったところに本作に賭ける並々ならぬ意気込みが感じられる。  タイトルに明らかなように、当時のヒット曲に便乗して製作された作品であるのは間違いなく、昔よくあった歌謡映画の一面は否定できない。もともと時代と添い寝することを身上とする歌謡曲は映画との相性はよく、さくらと一郎の歌う暗い主題歌は本作の世界観とも共鳴する。すでに1973年のオイルショックを契機に日本の高度成長は幕を下ろし、出口の見えない時代のムードは映画全体に影を落としている。 野村芳太郎監督「昭和枯れすすき」 しかし、時代背景や世相を突き抜けた物語の強靭さがこの映画にはある。ざっと、こんな話だ。真面目に洋裁学校へ通っていると思っていた妹が、実は学校を勝手に中退して遊び回っていて、それを知った兄は妹をなんとか元に戻そうと監視の目を強めるのだが、そんなときに殺人事件が起きる。被害者は妹のボーイフレンド。現場には妹が大切にしていたネックレスが落ちていた……。脚本は監督としても数々の名作を残した新藤兼人(原作は結城昌治の『ヤクザな妹』)で、メロドラマとミステリーがブレンドされた出色の娯楽映画に仕上がっている。 撮影は『砂の器』を始め野村作品の多くを担当した名キャメラマンの川又昂。新宿の雑踏や路地を遠近自在にとらえ、都会の匂いや温度まで感じさせる。 野村芳太郎監督「昭和枯れすすき」  カメラの先にいるのは妹役の秋吉久美子であり、兄役の高橋英樹だ。秋吉久美子はこの時代のイコンと言ってもいい女優。街をふらつくだけで、若者特有の虚無や孤独を表現してしまう不思議なオーラを放っている。妹を尾行する高橋英樹はすでに映画からテレビ時代劇へと軸足を移しつつある頃だが、不器用で武骨な兄を好演している。2人のやや近親相関的な、屈折した情愛の世界はそれまでの野村芳太郎の作品にはなかったものだ。同じ東京という都市を活写した作品でも、感情を排したハードな描写に徹して成功したのが『左ききの狙撃者 東京湾』だとすれば、『昭和枯れすすき』は「情」に寄った湿り気が作品に豊かな艶を与えている。 野村芳太郎監督「昭和枯れすすき」  主演の2人だけでなく脇役が素晴らしい。チンピラ役の下條アトムと同棲相手のソープ嬢・伊佐山ひろ子、居酒屋で働く高橋英樹の恋人・池波志乃。そして、彼の先輩刑事を演じるのが鈴木瑞穂だ。正義感あふれる新聞記者や弁護士や刑事を演じさせたら、この人の右に出る役者はいない。熊井啓の『帝銀事件・死刑囚』あたりが代表作になるのだろうが、どんな映画、どんな端役であっても確かな存在感をスクリーンに残してきた。たとえば『仁義なき戦い 頂上作戦』で演じた新聞社の編集長。出番は少なくても、あの朗々とした声と毅然とした表情は忘れられない。  その鈴木瑞穂がここでは自分の娘を理解できずに頭を悩ます刑事を演じている。独り寂しく酒を飲み、愚痴もこぼす。捜査の途中、彼が屋台のラーメンをすすりながら、高橋英樹につぶやく言葉が重い。

「どうもこの東京っていうのは、田舎からはじき出された、あぶれ者でうずまってるらしいな」

 高橋英樹と秋吉久美子の兄妹も青森出身で、母は男と逃げ、父は出稼ぎ先の工事現場で事故死。身寄りはなく、東京に来て2人だけで生きてきた。殺人事件の被害者となる下條アトムも福岡の炭鉱町から集団就職で上京し、グレてやくざ者になったのだった。映画の終わり近く、兄妹が夕闇に屹立する高層ビルを背に歩くシーンがある。同時期の人気ドラマ『太陽にほえろ!』などでもおなじみの西新宿の景観が広がるのだが、あんな開放感はない。高層ビルは東京で幸せをつかめなかったあぶれ者たちの巨大な墓標のようだ。

文 米谷紳之介


今年2019年は野村芳太郎監督生誕100周年! 日本映画史上の金字塔「砂の器」をはじめとする松本清張原作の映画化の数々で知られる 野村芳太郎監督(1919年4月23日-2005年4月8日)が、今年生誕100周年を迎えます。 松竹映画で監督してきたその膨大なフィルモグラフィは重厚な社会派あり、スリリングなサスペンスあり、 上質な人間ドラマ、王道の人情喜劇、コント55号作品ありと、多岐のジャンルにわたります。 連載コラム『銀幕を舞うコトバたち』では、メモリアルイヤーを記念して、 松竹の名匠・野村芳太郎の作品群を複数回にわたり取り上げ、その全容に迫っていきます。

ozu4k_poster_cc2015_ol ◆第一弾『左ききの狙撃者 東京湾』 連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(24)」 コラムはこちらから
ozu4k_poster_cc2015_ol ◆第二弾『八つ墓村』 連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(25)」 コラムはこちらから
ozu4k_poster_cc2015_ol ◆第三弾『張込み』 連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(26)」 コラムはこちらから
ozu4k_poster_cc2015_ol ◆第四弾『五瓣の椿』 連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(27)」 コラムはこちらから

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