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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(37)」
あ~、損した。無法松なんか、クソくらえじゃ!

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『男はつらいよ』に絶対欠かせないのが、寅さんが恋心を抱くマドンナの存在である。

マドンナに扮したのは日本を代表する美人女優ばかりだが、映画ファンが「一度はマドンナに」と願った女優は他にもいる。最右翼は文句なしに岩下志麻だろうし、ぼくもこれに同意する。そんなファンの願いをかなえ、マドンナ岩下志麻による『男はつらいよ』気分をちょっぴり疑似体験させてくれるのが、『でっかいでっかい野郎』だ。公開は1969年、『男はつらいよ』第1作が公開される、わずか4カ月前である。

 監督は『拝啓天皇陛下様』や『白昼堂々』といった秀作で渥美清と組んだ野村芳太郎。渥美清が演じるのは「鬼殺しの松」の異名を持つ荒くれ男の南田松次郎。彼は父親の故郷・北九州の若松に髭ぼうぼうの浮浪者姿で現れる。無学で粗野で貧しいが、根は善良で心やさしいところは寅さんに似ており、そんな彼を受け入れるのが、病院の院長で保護司もしている長門裕之。『拝啓天皇陛下』でおなじみの名コンビだ。院長の美しい妻には岩下志麻。物語は彼女のモノローグとともに進んでいく。

野村芳太郎監督『でっかいでっかい野郎』  院長の口利きで湾内の清掃仕事に就く松だが、酒癖が悪くトラブルも多い。ダルマ船の船長である伴淳三郎と喧嘩したり、腐ったフグを仲間と食べて食中毒を起こして九死に一生を得る騒ぎを起こしたりと、何かと周りに厄介をかけるところは寅さんと同じ。ただし「鬼殺し」と言われるほどのケンカ自慢。柴又に帰るたびにタコ社長と取っ組み合いをする程度の寅さんより断然強い。  ある日、その腕力にものを言わせて大柄の不良外国人を叩きのめしてしまう。しかも、その外国人が金塊の密輸をしている国際警察のお尋ね者でもあったため、松は新聞にも取り上げられ、一躍、若松の人気者となる。  若松といえば無法松物語の地である。彼は週刊誌によって「無法松の再来」と持ち上げられ、無法松さながら人力車を引いたり、太鼓を叩いたりして、すっかりその気になっていく。しかも人力車に岩下志麻を乗せて意気揚々と走るから、「無法松は奥さんに惚れとる」という噂が町に広がるのだが、本人もまんざらではない。本家の無法松にも想いを寄せる女性がいたからだ。   野村芳太郎監督『でっかいでっかい野郎』  映画『無法松の一生』は阪東妻三郎(1943年)、三船敏郎(1958年)、三國連太郎(1963年)、勝新太郎(1965年)と、4度にわたって日本映画のスター俳優が主演を務めた人情劇の名篇。無法松こと富島松五郎は乱暴者の車夫で、祇園太鼓の名手でもある。知己を得た吉岡陸軍大尉が急逝すると、その後は未亡人のよし子と息子の世話を献身的に続ける。しかし、よし子への秘めたる慕情をついに表に出すことなく最期を迎える。  渥美清扮する「現代の無法松」はそんな物語を知るはずもない。『無法松の一生』はしょせん失恋話だと言われただけで、あっさり無法松役を放棄してしまう。

「失恋するなんてかなわんわ。車ひいて体は痛うなるし、見てみい、太鼓叩いて、手はマメだらけじゃ」 「あ~、損した。無法松なんか、クソくらえじゃ!」

 つまり、これはあの無法松物語の現代版というより、無法松にはなれなかった男の物語なのである。あきらめの良さや辛抱のなさはどこか寅さんに通じる。 野村芳太郎監督『でっかいでっかい野郎』  しかし話はこれで終わらない。野村芳太郎と永井素夫の脚本は次のカードを切る。ダルマ船の船長、伴淳三郎の孫(中川加奈)である。実は、松は彼女に惚れているのだが、いじいじするばかりで、結局はおきまりの失恋コースを辿り、挙句は彼女と男との駆け落ちを助けることになる。『男はつらいよ』のマドンナにたとえれば、岩下志麻は高嶺の花の光本幸子(第1作)、中川加奈はぐっと身近な伊藤蘭(第26作)あたりだろうか。  松を演じる渥美清がとにかくパワフルで、体を張った芝居にキレがある。ポンポンまくしたてるセリフまわしは相変わらず小気味いい。喜劇が言葉と体の動きを研ぎ澄ました「芸の底力」に支えられていることを、渥美清も監督の野村芳太郎も十分心得ている。

文 米谷紳之介


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今年2019年は野村芳太郎監督生誕100周年! 日本映画史上の金字塔「砂の器」をはじめとする松本清張原作の映画化の数々で知られる 野村芳太郎監督(1919年4月23日-2005年4月8日)が、今年生誕100周年を迎えます。 松竹映画で監督してきたその膨大なフィルモグラフィは重厚な社会派あり、スリリングなサスペンスあり、 上質な人間ドラマ、王道の人情喜劇、コント55号作品ありと、多岐のジャンルにわたります。 連載コラム『銀幕を舞うコトバたち』では、メモリアルイヤーを記念して、 松竹の名匠・野村芳太郎の作品群を複数回にわたり取り上げ、その全容に迫っていきます。

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