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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(27)」
この世には御定法では罰することのできない罪があるということでございます。

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 たとえば、小津安二郎のミューズが原節子だとするなら、野村芳太郎にとってミューズは誰なのだろう。『影の車』、『鬼畜』、『疑惑』、『迷走地図』と、一連の松本清張もので強烈なヒロインを演じた岩下志麻がやはりミューズの形容にふさわしいのではないか。
 岩下志麻の映画デビューは1960年。すでに、この年、小津の『秋日和』に端役で出演している。常務の部屋に来客を案内するだけの大したセリフもない役なのだが、廊下を歩く姿に見る者をドキッとさせる気品が漂う。小津が「10年に1度の逸材」と評価し、大事に育てるようにと松竹幹部に語ったエピソードも納得できる。小津はこうしてスクリーンテストのような出演をさせた2年後、遺作となる『秋刀魚の味』でヒロインに起用。さらに次回作となるはずだった『大根と人参』も岩下志麻の起用を前提に企画を練っており、小津が生きていれば原節子に匹敵する新たなミューズとなっていたのではないかと、ぼくはつい想像してしまう。

野村芳太郎監督「五瓣の椿」

 小津の遺志を継ぐかのように、岩下志麻を女優として開花させる役を担ったのは野村芳太郎だった。その記念碑的な作品が1964年、つまり『秋刀魚の味』の2年後に公開された『五瓣の椿』である。彼女は同じ年に野村芳太郎監督作『続・拝啓天皇陛下様』に2シーンだけ出ていて、これも小津作品における『秋日和』と『秋刀魚の味』の関係に似ている。撮影に入る前には2か月に及ぶリハーサルが行われ、二本立て興行が当たり前だった時代にあえて「一本立て」で封切られていることからも、松竹の期待の大きさがわかる。岩下志麻は期待に見事に応えた。
 原作は山本周五郎の同名小説。天保年間の江戸を舞台に、岩下志麻演じる20歳のおしのが繰り広げる復讐劇である。復讐の対象となるのは、敬愛する父が死の間際にあっても、他の男と不義を働いているような淫蕩な母と、その母の浮気相手となった男たちだ。そして彼らを順々に殺していく過程で自分が父の子でないことも明らかとなり、彼女の憎悪は一層膨らんでいく。

「この世には御常法では罰することのできない罪があるということでございます」

 これはおしのが復讐を実行する理由でもあり、劇中で何度も繰り返される言葉だ。事件を追う与力(加藤剛)も彼女の行為をどこかで許し、「人を殺すような娘ではない」という認識を最後まで変えない。

野村芳太郎監督「五瓣の椿」

 おしのが色仕掛けで男を手玉に取った挙句、銀のかんざしで刺し殺し、現場に一輪の真っ赤な椿の花を残していく殺人行為は、それだけ見れば弱者になりかわって法の目が届かない悪を葬る『必殺シリーズ』に似ている。しかし、彼女を復讐に駆り立てるのは若い娘の生硬な倫理感や正義感ばかりではない。心の奥には自分の体にも流れる不浄の血への嫌悪や恐怖があり、それはときに狂気を帯びる。この純真と狂気の間を行き来する岩下志麻が凄まじい。生娘のように可憐に見えたかと思えば、妖艶な悪女にもなりかわるのだ。醜悪な姿をさらす復讐相手を演じるのは左幸子、田村高廣、伊藤雄之助、小沢昭一、岡田英次。岩下志麻はこれら手練れの役者を前に一歩も引くことなく、剣豪に勝負を挑むかのような鬼気迫る演技を見せる。

  
  
野村芳太郎監督「五瓣の椿」

 さて、本作を象徴するのが椿である。茶席でも冬の床の間には欠かせない花だが、あるいけばなの家元からこんな話を聞いたことがある。椿は花も葉も枝も眉目よく、植物の美のすべてを備えている。だから、いけるのがこれほど難しい花はなく、椿の気高さを前にすると、いける自分が試されているような緊張を強いられるという。鼻筋が特徴的な艶やかな顔はもちろん、凛とした立ち姿といい、細いうなじがきれいな後ろ姿といい、どこから見ても絵になる岩下志麻はまるで椿のような女優だ。野村芳太郎がそんな女優の魅力を銀幕という器にいけ、演技開眼へと導いた作品が『五瓣の椿』である。蛇足ながら、岩下志麻は本作でブルーリボン賞の主演女優賞を受賞している。

文 米谷紳之介


今年2019年は野村芳太郎監督生誕100周年!
日本映画史上の金字塔「砂の器」をはじめとする松本清張原作の映画化の数々で知られる
野村芳太郎監督(1919年4月23日-2005年4月8日)が、今年生誕100周年を迎えます。
松竹映画で監督してきたその膨大なフィルモグラフィは重厚な社会派あり、スリリングなサスペンスあり、
上質な人間ドラマ、王道の人情喜劇、コント55号作品ありと、多岐のジャンルにわたります。
連載コラム『銀幕を舞うコトバたち』では、メモリアルイヤーを記念して、
松竹の名匠・野村芳太郎の作品群を複数回にわたり取り上げ、その全容に迫っていきます。

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◆第一弾『左ききの狙撃者 東京湾』
連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(24)」

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◆第二弾『八つ墓村』
連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(25)」

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◆第三弾『張込み』
連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(26)」

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4月は、「続おとこ大学 新婚教室」「ここは静かなり」の二本、
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