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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(41)」
人間の心というやつは、まるで深~い海のようなもんでね。底のほうは真っ暗で、想像もつかない秘密や謎を抱いて、押し黙っている。

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 時代のイコン、あるいは伝説のミューズという表現をするなら、1970年代の小林麻美がまさにそうだった。モデル、歌手、女優、ラジオのパーソナリティといった複数の顔を持ち、わずか2本ながら映画にも出演している。その1本が松田優作の相手役を務めた『野獣死すべし』。もう1本が今回紹介する、彼女の唯一の主演作『真夜中の招待状』である。

原作は遠藤周作には珍しいミステリー小説『闇の呼ぶ声』。今ならサイコ・ミステリーに分類される作品で、予告編における小林麻美の甘いハスキーボイスは今でもはっきり憶えている。

予告編が記憶に残っているのはぼく自身が彼女のファンだったからにほかならず、いささか個人的な話をすると、彼女がパーソナリティを務めたニッポン放送の「オールナイトニッポン」は大学受験を控えた高3の深夜には欠かさず聴いていた。番組の中でジミ・ヘンドリックスやキース・リチャーズやジミー・ペイジを熱く語り、ピンク・フロイドの23分を超える楽曲「エコーズ」(アルバム『おせっかい』収録)をまるまるオンエアしてしまう茶目っ気が頼もしかった。

華奢な体と儚げな少女のような表情に加え、こうした生意気さ、とっぽさが当時の多くのサブカル系男子の心に突き刺さったのである。大げさに言えば、アンディ・ウォーホルによって神話化されたミューズ、イージー・セジウィックのように存在そのものが可憐なアートにも映った。

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話を戻そう。『真夜中の招待状』の予告編である。あらためてDVDの特典映像で確認すると、小林麻美はこう呟いている。

「あなたは夢分析を信じますか。

 あなたは自分の過去をすべて憶えていますか。

あなたは愛する人の心をどこまで知っていますか」

 映画は彼女が病院の精神科を訪れるところから始まる。

 4人兄弟のうち上の兄2人が次々に蒸発し、次は自分の番だという強迫観念に取りつかれてノイローゼになってしまった婚約者(小林薫)について相談するのが目的だ。精神科医(高橋悦史)は毎日見た夢を記録するようにアドバイスする。人間には近い将来起こることを夢で予知する能力があるという理由からだが、そうこうするうちに3番目の兄(渡瀬恒彦)もついに蒸発してしまう。

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かくして小林麻美も奇妙な失踪事件の背景を知ろうと、関係者のもとを訪ねて回る。しかし謎解きは容易には進まない。蒸発の原因はどうやら兄弟が抱えた心の闇にあるらしく、精神科医はこう指摘する。

「人間の心というやつは、まるで深~い海のようなもんでね。底のほうは真っ暗で、想像もつかない秘密や謎を抱いて、押し黙っている」

 深く、暗く、口を閉ざしている海の底を思い切りかき回し、事件の真相に迫っていくのがサイコサスペンスとも言えるだろう。心の闇に潜む秘密や謎、さらには呪いや祟りを信じる人間心理を分析する手段として精神医学や夢分析、催眠術、降霊術なども登場する。出番は少ないが催眠療法を施す大学教授の役に丹波哲郎。彼が霊界関連の著書を上梓し始めるのもちょうどこの頃からだ。

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失踪事件といっても大人の蒸発であるため、警察も積極的に捜査に乗り出すわけではない。小林麻美を助けるのはもっぱら精神科医の高橋悦史だ。『羊たちの沈黙』のクラリスと精神分析医レクター博士がそうであったように、事件の真相を解明していく過程でふたりの間に奇妙な感情の交流が生まれるのは当然の成り行きだろう。

「自分で自分の気持ちが分からないわたくしも、一度先生に診ていただく必要がありそう」

 映画のラストで、小林麻美は思わせぶりなセリフを残して去っていく。当時、28歳。素人くさい芝居なのに、むしろそれさえも魅力としてしまう不思議な女優だった。野村芳太郎監督が『震える舌』の翌年に撮ったこの「オカルト映画一歩手前のミステリー映画」も、彼女以外の女優が演じていたら、もっと重苦しいものになっていた気がする。

文 米谷紳之介


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