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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(39)」
法廷は検察官と弁護人の論争の場じゃありません。裁判官はあらゆることを知りたいのです。

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 法廷ミステリーは裁判官、検察官、弁護人の三者の個性がぶつかって絡み、審理が思わぬ方向に転がっていくから面白い。野村芳太郎監督の『事件』はそれを証明する、法廷劇のお手本のような映画だ。大岡昇平の原作はもちろん、これを脚色した新藤兼人シナリオも見事で、法廷での審理がこれほど丁寧に、こまやかに描き込まれた作品も珍しい。今あらためて観ても、裁判の実情をとことん調べ上げていることは容易に想像がつき、妥協のない生真面目さが映画の緊張感を保っている。事件_0001_コピーライト

 死体が遺棄された事件現場や、拘置中の被告の面会場面をさらっと描いた後は、いきなり法廷場面だ。検察官による起訴状朗読と冒頭陳述にたっぷり時間を費やし、開巻早々、言葉の力で観客を物語の深みへぐいぐい引っ張っていく。法廷に集まった人々の不安や好奇の表情を追うカメラワークと巧みなカットバックの効果もさることながら、検察官役の芦田伸介の演技に負うところは大きい。 芦田伸介といえば、往年のファンにはテレビドラマ『七人の刑事』だろう。ハンティング帽にトレンチコート、太い縁の眼鏡のいで立ちに加え、渋い低音の声は一度聴いたら忘れられない。ここでも一語一語噛みしめるような強い口調につい聴き入ってしまう。不敵な面構えといい、手強い検察官であることは起訴状朗読の場面だけで十分伝わってくる。 対する弁護士には丹波哲郎。本作の4年前に野村芳太郎と組んだ『砂の器』では刑事だった。ドラマの終盤に滔々とした語りで観客の涙腺を自在にゆるませたが、舞台を警察本部から裁判所に変えても、自信あふれるセリフ回しはすこぶる快調である。 この2人の激しいやりとりを巧みに裁いてみせるのは裁判長の佐分利信。冷静沈着な態度で審理をコントロールしながら、ときに人情味も顔を覗かせる。検察官、弁護士の異議をやんわりと却下することもしばしばで、真相解明への道筋を見失うまいとする。

「法廷は検察官と弁護人の論争の場じゃありません。裁判官はあらゆることを知りたいのです」

 酸いも甘いも知り尽くしたという言葉はこんな裁判官のための言葉だろう。若い裁判官の安易な見通しも軽くたしなめる。

「裁判は終わりまで行ってみないことには分からん」

事件2_

 本作で描かれる事件がまさにそうだ。   単純な刺殺事件と思われた犯行の底流で複雑な愛欲が渦巻き、一人の青年を奪い合う姉妹の嫉妬や憎悪や劣等感が徐々に見えてくる。焦点は青年に殺意があったのか、なかったのか。証人たちの証言は叩けばほこりが出るようなあやふやな内容で、真相は「藪の中」。審理はそこに分け入っていく。 映画が公開された1978年当時、佐分利信69歳、芦田伸介61歳、丹波哲郎56歳。役者として円熟期にあった。もし、『事件』を再度映画化するとしたら、それぞれ誰が演じたら面白いだろう。頭の中で適役を探したが、この3人に勝るキャストは思い浮かばない。「裁判長・佐分利信、検察官・芦田伸介、弁護士・丹波哲郎」を日本映画史上最強の法廷トリオと呼びたいくらいだ。

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 名優3人が映画の骨格を形成しているから、若い役者の持ち味も生きる。被告席に立つ永島敏行と、その恋人の大竹しのぶだ。 土臭さが魅力の永島敏行はこの年、『事件』の他に『サード』、『帰らざる日々』と立て続けに主演し、3作ともキネマ旬報のベスト・テン入りを果たした。彼の子を妊娠している大竹しのぶはその童顔で、妖艶な姉役の松坂慶子を食ってしまう。21歳にして女のしたたかさ、変わり身の早さを表現した演技は見ていて怖くなるほどである。もう一人、実録ヤクザ映画では鉄砲玉のような直情タイプが多かった渡瀬恒彦も、軽薄で放埓なチンピラを楽しそうに演じ、この頃から芸域が一気に広がっていった。 他にも西村晃、北林谷栄、森繁久彌といったベテラン俳優が次々に証言台に立ち、彼らの人生までも垣間見えるのだから、群像劇の味わいもある。同時に壮絶な恋愛劇でもある。多彩な役者の個性を引き出しながら、奥行きも幅もあるミステリーを紡いだ野村芳太郎の演出手腕が冴えわたっている。

文 米谷紳之介


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衛星劇場『生誕100年 ”職人”野村芳太郎のフィルモグラフィより』 CS放送の衛星劇場では、野村芳太郎監督の生誕100年を記念して、 4月から一年間にわたって監督作品を特集放送決定!  ▼詳細 https://www.eigeki.com/genre?action=index&category_id=3


今年2019年は野村芳太郎監督生誕100周年! 日本映画史上の金字塔「砂の器」をはじめとする松本清張原作の映画化の数々で知られる 野村芳太郎監督(1919年4月23日-2005年4月8日)が、今年生誕100周年を迎えます。 松竹映画で監督してきたその膨大なフィルモグラフィは重厚な社会派あり、スリリングなサスペンスあり、 上質な人間ドラマ、王道の人情喜劇、コント55号作品ありと、多岐のジャンルにわたります。 連載コラム『銀幕を舞うコトバたち』では、メモリアルイヤーを記念して、 松竹の名匠・野村芳太郎の作品群を複数回にわたり取り上げ、その全容に迫っていきます。
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