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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(38)」タレ目の食い逃げ? そりゃあ、タレ逃げだ!

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 コント55号の登場は衝撃的だった。日曜夜の『コント55号の世界は笑う』(フジテレビ系)で演じられたコントの面白さは、小学生だったぼくもはっきり憶えている。

 小心でウジウジする二郎さんに対し、欽ちゃんがサディスティックなまでに突っ込みを入れ、徹底的に困らせる。それが際限なくエスカレートしていくコントには、今思えば狂気の匂いさえあった。ステージ上を走り回り、軽やかに跳ねる欽ちゃんと、チマチマした動きの二郎さんとの好対照もおかしかった。コント55号が見せてくれた笑いの世界が「不条理コント」と呼ばれていたことを知ったのはずっと後である。

 しかし、コント55号のピークは短かった。優れた喜劇批評や数多くの喜劇役者の評伝を残している作家の小林信彦が「コント55号の当るべからざる時代は、昭和四十三年、四十四年の二年間であった」(『日本の喜劇人』)と書いているから、間違いない。ぼくが中学に上がった頃にはドリフターズの『8時だヨ!全員集合』がテレビの笑いの天下をとりつつあった。 野村芳太郎監督『コント55号と水前寺清子の神様の恋人』  残念でならないのは全盛時のコント55号のコント映像が残っていないこと。当時は一度録画したビデオテープの上に重ね録りしていたためだという。現在、絶頂期の彼らを見ようと思ったら、映画しかない。1969年以降、二人が主演した映画は11本あり、うち7本を監督したのが当代きっての喜劇の名手、野村芳太郎。その最初の作品が『コント55号と水前寺清子の神様の恋人』である。

 タイトルにあるように水前寺清子との共演作だが、彼女は物語の進行役も務めている。劇中での役とは別に、節目節目に現れて浪曲や歌を交えた語りで話を軽快に運んでいく。映画の冒頭で、彼女の語りとともに欽ちゃん、次郎さんの幼少期、思春期がテンポよく描かれると、やがて大人になった二人の再会の場面へと至る。 野村芳太郎監督『コント55号と水前寺清子の神様の恋人』 舞台は静岡の小さな町。屋台のラーメン屋で食い逃げをする欽ちゃん。その屋台の主人が二郎さんで、妻には悠木千帆の芸名だった頃の樹木希林(若い!)。彼女からタレ目の男の食い逃げを知らされた二郎さんは怒るふうでもなく、嬉しそうにギャグを口走る。

「タレ目の食い逃げ? そりゃあ、タレ逃げだ!」

 当時、タレ目とチッコイ目は欽ちゃん、二郎さんのキャッチフレーズだった。 チッコイ目の二郎さんの夢は自分の家を建てること。そのために夫婦で屋台を引いて、お金をコツコツ貯めている。意気に感じた欽ちゃんはヤクザに脅されている二郎さんを助けようとし、結果的にはヤクザの親分の子分に志願してしまう。ところが、この親分、駅前の商店街を取り壊して、スーパーを建設しようと目論んでいる。反対派の懐柔策を講じる一方で、役所の建設課とも癒着。ここに欽ちゃんと二郎さんが割って入ってドタバタ騒動を繰り広げるという一席だ。 野村芳太郎監督『コント55号と水前寺清子の神様の恋人』  最大の見せ場は商店街の催しに来るはずだったザ・タイガースが現れず、欽ちゃんが沢田研二になりすまして口パクで歌うくだりだろう。なんとか照明でごまかそうとするのだが、あっさりバレてしまって大混乱。舞台に乱入した女性ファンが叫ぶ。

「私たちのジュリーが冒涜されました! 私たちのタイガースの名前が汚されました!」

 時代はまさに空前のグループ・サウンズブーム。アイドルに対する熱狂や興奮のボルテージは50年前も今も少しも変わらない。

 映画の世界ではまだ新人だったコント55号を引き立てるように、脇役も善戦する。とりわけ『駅前』シリーズで森繁久彌と渡り合った伴淳三郎の庶民的な泥臭い芸風と、益田喜頓の垢ぬけた立ち居振る舞いが光る。他に南州太郎、三遊亭圓歌(当時は三遊亭歌奴)、ナンセンス・トリオら芸人の若き日の姿も懐かしい。まだ『仮面ライダー』でブレイクする前の藤岡弘もいる。水前寺清子の恋人の好青年を演じ、さわやかで初々しい。

文 米谷紳之介


『コント55号と水前寺清子の神様の恋人』作品情報は画像をクリック


2025年から始動しました映画監督 野村芳太郎 再発見 & 再評価プロジェクト始動を記念しまして2019年野村芳太郎監督生誕100年に米谷紳之介さんにご執筆いただきましたコラムを再度、ご紹介してまいります。
日本映画史上の金字塔「砂の器」をはじめとする松本清張原作の映画化の数々で知られる 野村芳太郎監督(1919年4月23日-2005年4月8日)。 松竹映画で監督したその膨大なフィルモグラフィは重厚な社会派あり、スリリングなサスペンスあり、 上質な人間ドラマ、王道の人情喜劇、コント55号作品ありと、多岐のジャンルにわたります。 連載コラム『銀幕を舞うコトバたち』では、 松竹の名匠・野村芳太郎の作品群を複数回にわたり取り上げ、その全容に迫っていきます。

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