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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(2)」
世間のおだてやお世辞にお乗りになっちゃいけませんよ。

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 『残菊物語』を見ると連想するのが「おもかげ」という美しい日本語である。漢字で書けば「面影」。面は顔のことであり、「面影」とは自分の記憶のなかにある顔や姿、あるいは現実の目の前には見えなくても、あたかもそこにあるかのように心に浮かぶ、つまり思いさえすれば見える幻影を意味する。
 編集者で著述家の松岡正剛は、日本には現実より面影の美しさを大切にする文化があることを万葉集に詠まれた大伴家持などの短歌を例に指摘している。
 さて、『残菊物語』だ。感情が揺れ動く場面を撮るのにクローズアップを忌避し、ロングショットの長回しで対象を凝視するスタイルを溝口健二が確立した傑作である。主人公である歌舞伎の名家の養子・尾上菊之助(花柳章太郎)と義弟の乳母・お徳(森赫子)が夜道を歩くシーンはその最たるもので、横移動しながらの長回しは5分に及ぶ。しかも仰角でとらえたお徳の顔はおぼろで、ぼくには彼女の存在自体が面影に映る。
 「世間のおだてやお世辞にお乗りになっちゃいけませんよ」とは、このとき芸の未熟な菊之助をいさめたお徳の言葉。劇中にはこれに対する反論ともいうべき「役者は世間が命。人気があるうちが華だ。騒いでもらっているうちが天下だ」など、芸道ものを得意とした溝口らしい台詞が随所に出てくる。
 夜道での会話をきっかけに菊之助とお徳の間には恋が芽生えるが、身分違いゆえにうまくいくはずはなく、菊之助は家を飛び出して上方歌舞伎の世界へ。お徳も彼を追って大阪に行
き、二人は所帯を持つ。それでも目が出ない菊之助はお徳の苦労に支えられながら旅回りの一座で芸を磨き、やがて本家に迎えられるという、いわば貴種流離譚である。
 ラストの道頓堀川における船乗り込みのシーンが素晴らしい。華やかさにゾクゾクさせられる。しかし死の床に伏したお徳は菊之助の晴れ舞台を見られない。観衆に深々と頭を下げる菊之助の脳裏にはお徳の面影があるに違いなく、映画の観客もまた彼女の面影を思うはずだ。実は本作におけるお徳は他の人物に比べ横顔や後ろ姿が多く、顔が影になったシーンも何度も出てくる。彼女のはかない美しさはやはり面影の美しさなのだ。
 森鴎外らが訳詩集に『於母影』という漢字を当 てたように、「おもかげ」とは母の影でもあるのだろう。今こうしてお徳の面影を思い浮かべると、彼女が必死で菊之助を励ます言葉はどこか母親の声に聞こえる。

文 米谷紳之介

 

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