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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(1)」
あたし、年取らないことに決めてますから。

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 原節子の訃報に接した後、あらためて『東京物語』を見ると、この言葉が彼女の女優としてのメッセージであるように聞こえてしまうのはぼくだけではないだろう。
 この名作で原節子が演じた紀子は、尾道から上京した義理の両親と心を親密に交わし合う戦争未亡人。実の子どもたちが両親をやっかい者扱いするだけに紀子のやさしさはいやが上にも際立っている。義理の母とみ(東山千栄子)は紀子のアパートの一室に泊まった夜、彼女の将来について話を切り出す。いい人がいたらそろそろ再婚してほしい、そうでないと私たちもつらいという意味のことを言う。しかし、紀子は「好きで勝手にこうしています」、さらには「年取らないことに決めてますから」と微笑む。この瞬間の原は神がかったように美しい。だから、直後に見せる寂しさや不安や何かを隠しているかのような複雑な表情にドキッとさせられる。
 原節子が小津安二郎の通夜の日を最後に公的な場から姿を消したのは『東京物語』公開からちょうど10年後。以後、半世紀以上に及んだ完全な沈黙は見事というほかない。あの微笑がまるで魔法でもあったかのように、映画ファンにとっての女優・原節子の時間は止まってしまった。
 『東京物語』にはもう一人、微笑の人物がいる。笠智衆が演じた紀子の義父・周吉だ。
 とくに印象深いのは、東京に暮らす息子や娘にたらい回しにされた挙句、行き場を失い「とうとう宿無しになってしもうた」と笑う場面。落胆や自嘲や失望が入り混じった言葉でありながら表情はどこか飄々としている。その軽みの根底にあるのは、時代も子どもたちもどんどん変わっていく、容赦のない時間の流れに対する諦念である。
 原節子が42歳で映画界を去り、結果的に永遠性を獲得したのに対し、笠智衆は戦後の映画界の変転を見届けるように88歳で亡くなるまで『男はつらいよ』シリーズの住職を演じ続けた。俗な表現をすれば“諸行無常”の笠智衆と映画史に“永遠の処女”のフレーズを刻印した原節子。『東京物語』は二人の役者の人生を予言していたともいえる。
 無常観は小津の映画を貫く終生のテーマだったが、一方に変わってほしくないものもあったはずだ。その象徴が原節子であり、「年取らないことに決めてますから」は小津の願望が言わせた台詞のような気がしてならない。

文 米谷紳之介

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「東京物語」デジタル修復版は、12月12日(土)~22日(木)丸の内ピカデリー3(マリオン新館5階)にて10:00の回に上映いたします。
詳しくはこちらをご覧ください。
http://www.smt-cinema.com/site/marunouchi/