松竹シネマクラシックス

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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(3)」
お寺で茶柱が立つようじゃ、死んだ細君、迎いにくるんじゃないかい。

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 小津安二郎の戦後作品に限定して出演女優のラインナップを考えたことがある。
 1番・岡田茉莉子、2番・淡島千景、3番・原節子、4番・杉村春子、5番・三宅邦子、6番・田中絹代、7番・岩下志麻、8番・司葉子、9番・高橋とよ。
 この打順は岡田茉利子が小津に自作における女優の4番バッターがだれかを尋ねたところ、「杉村(春子)さんだ」、「一番バッターだな、お嬢さん(岡田茉利子)は」という答えが返ってきた有名なエピソードを前提としている。野球をするのも見るのも大好きだった小津なら許されるであろう座興だが、これだけの女優をすらすらとラインナップできるところが小津映画の強み。小津映画の楽しみの一つは女優を見る楽しみでもある証拠だ。
 この打順に倣えば『秋日和』は4番不在の映画である。代わりに1番バッターの岡田茉莉子が胸のすくプレーで物語を弾ませる。まるでイチローのメジャーデビュー時のような勢いと輝きで、スクリーンという名のグラウンドを躍動した。当時、岡田は27歳。小津作品への初めての出演だった。
 『秋日和』は妻に先立たれた父と一人娘の物語だった『晩春』を、母と一人娘の関係に置き換えてテンポよく綴った作品である。ご丁寧に『晩春』で娘役だった原節子に母親を演じさせているが、その手触りはまるで違う。コップを横から眺めれば四角に、上から見れば丸に見えるように、新たな視点を加えることで抽象的な親子愛の物語だった『晩春』は上質な喜劇に表情を変えた。
 その視点とは原節子の亡き夫の旧友3人組(佐分利信、中村伸郎、北竜二)によるのもの。彼らが一人娘・司葉子の恋のキューピッドを買って出た上、原節子の再婚まで画策し、母娘の間に誤解が生じる。これに憤慨した司葉子の親友・岡田茉利子が3人の職場に乗り込んで対決するシークエンスの痛快さ、おかしさは全小津作品を通じても屈指。母娘を巡る外部の視線がこの映画を喜劇にした。
 喜劇であることは映画の冒頭、法事の控室で中村伸郎が男やもめの北竜二をからかう「お寺で茶柱が立つようじゃ、死んだ細君、迎いにくるんじゃないかい」という落語のような台詞がすでに予告している。
 小津映画の中でも酒のシーンがとりわけ多い。岡田が酔ってしゃっくりをする印象的な場面を含め8回。うち5回は佐分利、中村、北の3人組がグラスや杯を傾け、談笑している。司葉子によれば3人組のモデルは小津と野田高梧(脚本)、里見弴(原作)らしい。3人がふだん飲んでいる様子が目に浮かぶ。そこで最後は、頼もしき3人の左党にメジャーリーグのGMが残した箴言を捧げたい。
 「ビールを飲む選手はチョコレート・ドリンクを飲む選手よりはるかに多くの試合に勝ってくれる」

文 米谷紳之介

 

【「秋日和」デジタル修復版 上映のお知らせ】 
1月16日(土)~2月12日(金)名古屋ピカデリーで開催する『松竹120周年祭』で上映いたします。

<上映スケジュール>
1月16日(土)~19日(火)「東京物語」デジタル修復版
1月20日(水)~22日(金)「残菊物語」デジタル修復版
1月23日(土)~26日(火)「晩春」デジタル修復版
1月27日(水)~29日(金)「青春残酷物語」デジタル修復版
1月30日(土)~2月2日(火)「カルメン故郷へ帰る」デジタル修復版
2月3日(水)~5日(金)「お早よう」デジタル修復版
2月6日(土)~9日(火)「秋日和」デジタル修復版
2月10日(水)~12日(金)「彼岸花」デジタル修復版

※各作品1日1回上映。

詳しくはこちらをご覧ください。
http://www.piccadilly-nagoya.jp/index.shtml

 

【『秋日和 ニューデジタルリマスター』ブルーレイ発売中】

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¥4,700(+税)
発売・販売元:松竹 (c)1960/2013 松竹株式会社
松竹DVD倶楽部はこちら
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