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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(52)」
私は清河幕府を樹立するつもりだ。

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戦国時代や幕末といった乱世が物語として面白いのは、誰もが知っている英雄だけではなく、謎に包まれた個性的人物が続々と輩出されたからだ。篠田正浩監督の『暗殺』で描かれる清河八郎もまさにそんな乱世が産み落とした怪人物だろう。

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 もとは出羽の豪農の息子である。お金にも才覚にも恵まれたものの、身分制度が確立された時代に農民の子が世に出るのは難しい。ところが、勤皇か佐幕かで大きく揺れた幕末の乱世が清河八郎に出番を与えた。

江戸に出ると、幕府の学問所である昌平黌に学び、25歳で自ら「清河塾」を開設。一方で、剣は千葉周作に学び、数年で北辰一刀流の免許皆伝を許される腕だった。

『暗殺』では、坂本龍馬(佐田啓二)が清河八郎(丹波哲郎)についてこう語っている。

「学問、武芸、何をやらしても、たちどころに熟達した天才。文章もうまい。演説の見事は類を見ない。それに人一倍の記憶がある」

 一度会った人の名前と顔を忘れないというのだ。これだけの才能がありながら、清河八郎には常に毀誉褒貶がつきまとった。事実、彼の行動は傍目には分かりづらい。

 勤皇派の雄として諸国を遊説し、京都に尊王攘夷の浪士を集めて倒幕の挙兵を画策するものの、失敗すると江戸に戻って幕府に浪士組の結成を献案する。幕府が持て余していた江戸の浪人たちをかき集めて上洛し、京都の治安に当たらせるというのだ。これが採用され、浪士組を作って上洛すると、今度は取り締まるべき志士と組んで、浪士組を攘夷組に目的変更してしまうのである。

 清河八郎は仲間に天下取りさえ宣言する。

「私は清河幕府を樹立するつもりだ」

 この自信と傲慢が彼の強みでもあり、誤解の要因にもなる。とはいえ、このとき、まだ30歳を過ぎたばかり。幕府を手玉に取り、狼狽させた策士ぶりは鮮やかである。

 映画の冒頭、松平主税介(岡田英次)と老中の板倉周防守(小沢栄太郎)が密談するシーンに、幕府が清河の扱いに苦慮している様子が描かれる

「毒をもって毒を制す。剃刀の刃は使い手の技一つでいかようにもなると聞いております」

 松平の意見に板倉が不安を示す。

「技に溺れて、おのれの手を切るということもある。いずれにしても奇妙な話じゃ。それほどの男が今日は勤皇、明日は佐幕。奇妙じゃ。奇妙なり八郎じゃ」

「奇妙なり八郎」は司馬遼太郎の原作短編小説のタイトルでもある。

 この奇妙な男に対し、篠田正浩は原作にはない解釈を加える。清河八郎が初めて生身の人間を斬ったときのことだ。自分に絡んできた町人の首を一刀のもとに斬ると、首は高く跳ね上がり、地面に落ちる。胴と切り離された顔は笑ったまま。つまり、斬られた男は恐怖を感じる間もなく斬られたのだ。

 原作にないのはこのあとである。清河は帰宅してからも興奮と動揺で震えがとまらず、岩下志麻演じる愛妾のお蓮に、まるで子どものようにすがりつくのである。

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「お蓮、俺のそばを離れるなよ」

 やがて、お蓮は幕府に追われた清河をかばって捕らえられ、拷問の後に死んでしまう。それを見た役人が感心する。

「自分のために命を捧げてくれる女…。私は清河八郎という人間が妬ましかった。それ以上に、清河という人間が途方もなく大きな人間に見えてきた」

 権力欲に取り憑かれた野心家なのか、手段を選ぶことなく理想を追い求めた革命家なのか。ただの策士なのか、真の豪傑なのか。その実像が焦点を結ばないうちに、清河八郎は暗殺によって非業の死を遂げる。

 丹波哲郎の当たり役といっていい。清河八郎が怪人物なら、丹波哲郎は怪優だ。ヤクザから総理大臣まで演じ、自ら霊界の宣伝マンを名乗って霊界映画まで作ってしまった人である。シリアスな役もこなせば、時代劇の殺陣を含め、アクションも軽々とやってのける。持ち味は人を食ったような大らかさと、トボけた気配。つかみどころのない大物感を常に漂わせ、この人がいるだけで画面に落ち着きや風格が生まれる。

 謎多き清河八郎を演じるのに、これほどふさわしい役者はいないだろう。『暗殺』の3年後には『007は二度死ぬ』に出演するのだが、丹波哲郎の魅力を味わうなら断然こちらである。

文 米谷紳之介


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