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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(51)」
銀色のハンモックに乗せてあげますよ。あの上で一緒に歌いましょう。

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 1943年といえば、太平洋戦争下にあった日本の戦局が大きく悪化した年である。連合軍の反抗が本格化し、招集や勤労動員がどんどん拡大した。表現の自由に対する規制も厳しくなり、この年、谷崎潤一郎の『細雪』は軍と情報局の圧力で連載中止となっている。英語が敵性語とされたため、野球界も「ストライク」や「セーフ」は「よし」、「ボール」や「アウト」は「だめ」といった具合に用語の言い換えを余儀なくされた。  映画も戦意高揚を目的としたプロパガンダ作品が増えた。黒澤明の監督デビュー作『姿三四郎』も内務省の検閲官から米英的表現があると批判されたが、このとき審査に立ち会った小津安二郎が「100点満点でいうと『姿三四郎』は120点だ」と大絶賛し、有無を言わせず審査を通過させたのは映画史に残るエピソードである。  こんな暗い時代に『くもとちゅうりっぷ』のようなファンタジックなアニメが公開されたことは、今思うと奇跡に近い。 くもとちゅうりっぷ 物語のヒロインは愛くるしいテントウムシ。葉っぱの上で遊んでいると、クモが現れ、彼女を誘惑し、罠にかけようとする。

「もしもし、テントウムシのお嬢さん、ぼくのうちに遊びにいらっしゃい。銀色のハンモックに乗せてあげますよ。あの上で、一緒に歌いましょう」

糸の罠を「銀色のハンモック」と表現するあたりに、クモのユーモアと狡猾さが透けて見える。それにしても、この時代に「ハンモック」という表現がよく許されたものだ。日本語で「つり床」に言い換えられていたら、クモの印象も変わった気がする。  強引なクモの誘いを、テントウムシは丁寧に辞退する。

「ありがとう。でも、たくさんよ。もう三日月さまが出たから、私、遊ばないの」

くもとちゅうりっぷ  それでもクモは執拗に追い回す。その様子を見かねて、救いの手を差し伸べるのがチューリップの花の精だ。ところが、クモはテントウムシが花の中に隠れるとチューリップの花ごと糸でがんじがらめにしてしまう。まもなく夜のとばりが下り、天候は急変。猛烈な嵐がやってくる……。  時間にしてわずか16分。ミュージカル仕立てになっているのだが、最大の魅力はなんといってもテントウムシやクモを始めとするキャラやクターの生き生きとした動きだ。自然の風景とその変化も丹念に描き込まれている。16分間に2万枚のセル画が使われているだけあって、風にそよぐ葉の動きまでなめらか。とても80年近く前に作られたアニメとは思えない。  わけても光るのは後半の暴風雨のシーン。地面に跳ねる雨粒や、クモの糸に輝く露など、水の表現が芸術的なまでに美しい。強風の中を助け合うミノムシの姉妹(兄弟?)の描写の細やかさには、思わず口もとが緩む。 監督・脚本・撮影の三役をこなしたのは「日本アニメーションの父」とも呼ばれた政岡憲三。1933年には日本初のトーキーアニメ『力と女の世の中』を製作しており、『くもとちゅうりっぷ』は日本で初めてのフルセル画アニメーションである。 くもとちゅうりっぷ  時代を考慮し、テントウムシを日本人、クモを欧米人と解釈する向きもあるが、ぼくには美しい少女に心奪われてしまった中年男の物語のようにも見える。なにしろ、このクモがなかなかダンディで、カンカン帽をかぶって白いスカーフをなびかせ、おまけにパイプまで咥えている。テントウムシも「カワイイ」を超えた大人の魅力がある。政岡は水着を着た妻にポーズをとらせ、それをテントウムシの動きに取り入れたというから、色っぽいのは当然かもしれない。  しかし、こんな見方ができるのもアニメ文化が成熟した現代だから。物資が欠乏し、翌年から学童疎開も始まる不安と混乱の時代にあって、政岡憲三が伝えたかったのは、人を傷つけてはいけない、困った人がいたら助けなさいというシンプルなメッセージだったはずだ。

文 米谷紳之介


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