連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(55)」
ヤクザと野球でもするつもりか。
カテゴリ:コラム "銀幕を舞うコトバたち", 松竹映画100周年
タイトルの『GONIN』とは「5人」のことだ。5人の男が暴力団の金庫に入っている現金強奪を企てる。違法に稼いだ金だから、警察沙汰になる心配はない。
しかし、映画公開時のポスターにも、DVDのパッケージにも、デザインされているのは9人の男の顔。残りの4人は暴力団側の人間だ。そして、9人全員が目を剥き、口を開けて、それぞれの表情で凄んでいる。その顔ぶれがなんとも贅沢だ。
現金強奪の発案者はディスコオーナーの佐藤浩市。バブル景気に沸いた頃には世間にチヤホヤされたが、今や借金まみれで、暴力団から矢の催促を受けている。彼の仲間となるのは悪徳の匂いをまき散らす美青年の本木雅弘、汚職でクビになった元刑事の根津甚八、リストラで解雇され、キレたら何をするか分からない中年サラリーマンの竹中直人、当の暴力団でつまはじきされているパンチドランカーの元ボクサー椎名桔平である。
一方の暴力団は組長が永島敏行で、幹部の組員が鶴見慎吾。さらに彼らに雇われる二人組の殺し屋にビートたけしと木村一八。
当たり前のこととはいえ、四半世紀前の映画だから全員が若い。公開当時、ビートたけしと根津甚八の2人が48歳で、他はほとんどが30代。それぞれ柄に合った役を生き生きと演じ、スクリーンで躍動する。
いかにも石井隆監督らしい演出だ。構図の一つ一つが凝っているし、ドラマは決まって雨の中で繰り広げられる。雨に濡れ、血に濡れ、殺意に濡れ、情に濡れ、男たち9人がこれでもかと妖しく輝くのだ。男の色気という点でなら『七人の侍』にも負けていない。
ドラマの前半は、当初はまったく関係のなかった5人がつるんでいくまでが描かれる。『七人の侍』でいうなら、志村喬が一緒に闘う仲間を集めるくだりだ。しかし、ディスコオーナーの佐藤浩市には志村喬が演じた侍のような才覚も力量もなく、非情に徹することができない。だから、唯一のプロでもある元刑事の根津甚八がいら立つ。
「ヤクザと野球でもするつもりか。人集めの基準は何なんだ。情けをかけたつもりなら、よけいなお世話だぞ」
しかし、最後まで登場人物に情が絡みつくのが『GONIN』の面白さでもある。
佐藤浩市と本木雅弘の友情を超えた微妙な関係は映画全体の主調音となっているし、それに対比するように殺し屋2人組の同性愛関係が描かれる。元刑事とサラリーマンには妻子がいて、パンチドランカーのチンピラには大切にしているタイ人娼婦がいる。彼らの切なさ、哀しさは物語の進行とともに徐々に明らかにされていく。
ハプニングに見舞われながらも何とか成功に終わる現金強奪のくだりがスリリングだ。そして、事件後は暴力団側の探索が厳しくなり、5人はバラバラに逃げる。だが、やられっ放しではなく、逃げながらも報復に出る。攻撃と守備、野球でいえば裏と表のイニングが用意されているわけだ。
生死の境をさまよったバイク事件後、初めての映画出演となったビートたけしの存在感はここでも際立っている。
「保険きかねぇからよ、俺らみたいな商売」
殺しの代金を交渉するのにこんなセリフを淡々と吐いたかと思えば、雨の中、ジャージにビニール傘で銃を乱射する姿は狂気にあふれている。
だが、それ以上に目を奪われるのが、ヤクザ役の永島敏行と鶴見辰吾だ。借金返済の猶予のために土下座する佐藤浩市に対する2人の横柄な態度。その凄味は半端ではない。鶴見がうそぶく。
「首でも吊るか。足引っ張ってやるぞ」
きわどいセリフが似合っている。
奪った側と奪われた側の壮絶なゲームの果てに残るのは累々たる死だ。ラストはたけしらしい言葉で締めくくられる。
「しんどいわ。……休憩」
もはや延長戦も再試合もないのかと思っていたら、そうではなかった。20年の時を経て『GONINサーガ』が作られたのである。事件の遺児たちによるリベンジマッチに、病気で引退していた根津甚八も参戦。これが彼の最後の映画出演となった。
文 米谷紳之介
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