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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(54)」
あんまり死ぬの怖がるとな、死にたくなっちゃうんだよ。

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 平成の幕が開けた1989年は日本映画史においても大きな意味を持つ年だった。
『ブラックレイン』の公開直後に松田優作が急逝した悲劇を記憶する映画ファンは多いが、実は、この年、阪本順治(『どついたるねん』)、塚本晋也(『鉄男』)、瀬々敬久(『課外授業 暴行』)、北野武(『その男、凶暴につき』)と、その後めざましい活躍見せる監督が次々にデビューしている。
 もっとも衝撃的だったのは北野武の登場だ。『その男、凶暴につき』は当初は「監督・深作欣二、主演・ビートたけし」の企画だったが、双方のスケジュール等が噛み合わず、深作監督が降板したため、「監督・北野武、主演・ビートたけし」が実現したといわれる。北野武が初監督作で見せたのは、深作欣二はもちろん、それまでの映画監督とはまるで違う映画の文体だった。説明描写やセリフを大胆に省略し、日常の中に突発的に出現する暴力や惨事を怖いぐらいに淡々と描いたのである。
 その後、ほぼ年1作のペースで撮り続けた北野武の4作目が『ソナチネ』だ。
「いきなりの暴力」、「あっけない死」、「大人が子どものように遊戯に興じる姿」、「夏の海と空」、「破滅的なエンディング」といった北野映画の重要なエレメントがすべて詰まっているだけでなく、それらがもっとも研ぎ澄まされた作品となった。

ソナチネ

 羽振りのいいヤクザ幹部の村川(ビートたけし)が組長に命じられ、沖縄のヤクザ抗争の助っ人に行かされる物語である。どうやら組長は彼が邪魔らしい。村川自身も「もう疲れたよ」と子分にこぼすくらいで、ヤクザ稼業に嫌気がさしているのだが、組長の命令とあっては逆らえない。
 沖縄に到着した村川たち一行は、敵対する組の怒りを買い、たちまち7人の子分を殺されてしまう。やむなく村川らは東京の幹部の指示を待つ間、人里離れた海辺の廃屋に身を隠すことになる。
 この間、突発的な暴力シーンはいくつもあり、例によって、それらがどこか滑稽な他人事のようにあっさり描かれるのだが、時間にすれば全体の3分の1ほどに過ぎない。ここからは終盤のクライマックスまで、男たちがつかの間の平和を楽しむかのように砂浜で無邪気に遊ぶ、本筋とは直接関係のないシーンが延々と続くのだ。
 大げさな芝居はない。画面の中に静かに突っ立っていたり、座っていたり、ウロウロしてみたり、ゆるやかに踊り出したり。だが、これが抜群に面白い。人間を紙相撲に見立てて遊ぶ光景など絶品だ。

ソナチネ

 カメラはこうして男たちが戯れる時間を情感や感傷に流されることなくとらえ、ガランとした空洞のようなパラダイスは死と暴力の匂いに支配される。遊んでいる場面のほうが暴力場面より死が身近に感じられるのだ。

ソナチネ

 おそらく北野武の本心の発露でもあるのだろう。村川と彼が浜辺で助けた女との会話がいつまでも耳に残る。

「平気で人を殺しちゃうってことは、平気で死ねるってことだよね。強いのね。私、強い人、大好きなんだ」

「強かったら、拳銃なんか持ってねぇよ」

「でも、平気で撃っちゃうじゃん」

「怖いから、撃っちゃうんだよ」

「でも、死ぬの、怖くないでしょ?」

「あんまり死ぬの怖がるとな、死にたくなっちゃんだよ

 現実に臨死体験をしたともいわれるバイク事故が起きるのは本作の約1年後のことだ。その事実を知ったうえでこのセリフを耳にすると、ドキッとさせられる。
 濃厚な死の影と同時に、この映画からはビートたけしの体に染みつく永遠のガキ大将の匂いも立ち昇ってくる。もともと、たけし軍団を率いているだけあって、先輩と後輩の微妙な上下を表現するのは手慣れたものだ。そうした悪ガキたちが遊び疲れた夕暮れ時。家には帰らず、このままスッと姿を消してしまうのも悪くないかもしれない。そんな気持ちにさせる危険な引力がある。
映像は斬新だが、難解な実験映画でも気取った芸術映画でもない。精神を覚醒させながら高揚させる、冷たく燃える炎のような娯楽活劇である。

文 米谷紳之介



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