連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(50)」
仁義でも、義理でも、メンツでもなんでもありゃしねえ。
カテゴリ:コラム "銀幕を舞うコトバたち", 松竹映画100周年
大島渚や吉田喜重らとともに松竹ヌーベルバーグの担い手だった篠田正浩が、1964年に世に問うた異色のヤクザ映画が『乾いた花』である。冒頭で描かれる東京の雑踏や混んだ電車内の映像は、まるでドキュメンタリーのようで、ここに主人公のヤクザ・村木(池部良)のナレーションが入る。その口調はいかにも不機嫌で、投げやりだ。
「人間、妙な動物だなぁ。だれもかれも、どういうつもりで生きてるんだ。みんな死んだようなツラしてやがるな。苦しまぎれに生きてるマネをしてるだけだ」
1964年といえば東京オリンピック開催の年。高度成長真っ只中の高揚ムードにいきなり水をかけるようなセリフで映画は始まる。
前年には東映の任侠映画の嚆矢ともいわれる、鶴田浩二・高倉健共演の『人生劇場 飛車角』が公開されている。敵の横暴に耐えに耐え、最後に爆発する暴力場面がカタルシスとなり、それまでのモヤモヤしていた気分を一掃させるヤクザ映画のスタイルはすでに確立されつつあった。しかし、そんな定式を否定するかのように、この映画は義理に殉じるヒロイックな侠客を描かない。
村木が吐く不穏な言葉は任侠映画より、むしろ9年後に現れる実録ヤクザ映画『仁義なき戦い』と遠くこだまする。懲役の原因となった人殺しについてもこう語る。
「仁義でも、義理でも、メンツでもなんでもありゃしねえぇ。(中略)俺はアイツを殺りながら、その瞬間に、こうでもしねぇと生きられねぇと思ったよ」
村木が刺した相手は敵対していた組のヤクザである。しかし、3年の刑期を終えてシャバに戻ってみれば、対立していた組と自分の組とは手打ちをし、台頭する第三勢力に対抗しようとしている。親分同士もすっかり仲がよく、ともに、できれば堅気のように静かに暮らしたいと思っているふうだ。生きることに意味があるとは思わない村木は孤立し、自分の居場所を見失う。
彼が唯一快感を覚えるのは賭場である。刑務所を出て真っ先に向かったのも花札賭博が行われる賭場だった。ここで一人だけ場違いな雰囲気の冴子(加賀まりこ)に出会う。彼にとってのファムファタールとなる正体不明の女である。
『仁義なき戦い』が画面から熱気がほとばしる人間喜劇、それも賑やかな群像劇だとすれば、『乾いた花』は全編がニヒリズムに包まれた、奇妙な恋愛劇だ。
まるで死んだように生きる男と博打やカーチェイスといった刹那の悦楽に生きる女。
二人をとらえるモノクロ映像は、シャープだとか、スタイリッシュだとかいった言葉が陳腐に聞こえるほど、感傷を排した冷たさがある。繰り返し出てくる賭場のシーンも、きっと本物はこんな感じに違いないと思わせる緊迫感と厳粛さが漲り、怖いほどだ。カメラワークや構図にも篠田正浩の才気が光る。
しかし、映画の原動力はなんといっても池部良だ。この映画の8年前、小津安二郎の『早春』に出演した際、あるシーンで何度もNGが出された。それが彼の坊ちゃん顔を消し、イヤな顔にするための小津の手段であったことは、池部良自身のエッセイ『心残りは…』に書かれている。戦後を代表する文句なしの二枚目スターだったのである。それが、ここでは殺気と虚無が漂うヤクザになりきっている。翌年から『昭和残侠伝』シリーズで高倉健の助っ人役を務めるようになるのも納得の存在感だ。
加賀まりこもミステリアスな少女性の奥に蠱惑を潜ませ、彼女がいるだけでフランス映画のような匂いがしてくる。
「生きるのって退屈ね」
「だれがなんと言おうと、私は私を許してやるわ」
こんな生意気なセリフが少しも嫌味に聞こえない。
『仁義なき戦い』はその後、類似の実録ヤクザ映画を次々に生んだが、『乾いた花』に後続の映画はない。映倫に反社会的という理由から成人指定され、その斬新さゆえに公開が8カ月間見送られたというエピソードも、今や勲章だろう。
文 米谷紳之介
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