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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(49)」
そう。先生、弱虫。

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1950年代は「クロサワ」や「ミゾグチ」の名が海外の映画祭を席巻し、日本映画に世界の映画ファンの目を向けさせた時代でもあったわけだが、国内に目を向けると、この時代に日本人に最も信頼された映画監督は木下恵介だったのではないかと思う。

1954年はその象徴ともいえる年。キネマ旬報ベストテンの1、2位に木下の『二十四の瞳』と『女の園』が入り、今では信じられないが、黒澤明の『七人の侍』は3位だった。とりわけ『二十四の瞳』はブルーリボン賞作品賞・主演女優賞、毎日映画コンクール作品賞・監督賞・主演女優賞など国内の映画賞を総なめにし、ゴールデングローブ賞の外国映画賞も獲得。興行成績も同じ年に公開された話題作『ゴジラ』を上回った。

二十四の瞳03

『二十四の瞳』で描かれるのは昭和3年から戦後間もない昭和21年までの19年間。小豆島を舞台にした、いわゆるクロニクルである。主人公は島の分教場に赴任してくる大石静子先生。主演の高峰秀子は、木下監督から出演依頼があったときに『二十四の瞳』のタイトルを聞いた瞬間、

「まさか怪奇映画じゃなかろうか」

 と思ったと、『私の渡世日記』に書いている。もはや、この国民的映画のタイトルについての説明の必要はないかもしれない。大石先生の教え子たち12人の瞳のことだ。

大石先生が最初の授業で出欠を取る場面がいい。ここで観客はまず、子どもたちの屈託のない、澄んだ瞳を心に焼き付けられる。実は子どもたちは全員素人なのだ。

 島の岬にあるこの村の子どもたちは4年生まで分教場で学び、5年生から片道数キロを歩いて本校へ通う。そこで12人の分教場時代と本校時代を撮影するに際し、小学1年生と6年生ぐらいの、顔がよく似た兄弟姉妹12組がオーディションで選ばれた。だから観客は、映画の中の子どもたちの成長を何の違和感もなく受け入れられる。

二十四の瞳02

大石先生と子どもたちは貧困と戦争という時代の荒波に翻弄されながらも親密な交流を続けていく。しかし、戦争の激化とともに映画の後半は悲劇の色に染まる。

母親と生後間もない赤ん坊が世を去ったため、卒業前に働きに出される女の子。クラスで成績が一番だったにもかかわらず、上の学校へは進めず奉公に出された挙句、肺を病んで実家に戻り、死んでいく女の子。家が破産したため、将来への希望についての作文をどうしても書けない女の子…。大石先生は自分の無力を噛みしめながら、必死に子どもらに寄り添おうとする。

「自分にがっかりしたらダメ。自分だけはしっかりしていようと思わなきゃ」

「泣きたいときはいつでも先生のところにいらっしゃい。先生も一緒に泣いてあげるから」

 悲しい運命が待っているのは男の子たちも同じだ。卒業を前にみんな兵隊に行くのだと口を揃えると、先生は不満げな顔をする。

「先生、軍人、好かんの?」

「ううん、好かんことないけど、漁師や米屋のほうが好き」

「先生、弱虫なんじゃ」

「そう。先生、弱虫」

『二十四の瞳』には反戦のメッセージが随所に散りばめられているが、一番痛切に聞こえるのがこの「弱虫」の言葉だ。木下恵介が伝えたかった思いもここに集約されている。戦争に対しては弱虫でいい、それが正しい生き方なのだと静かだが、強く主張する。

二十四の瞳01

 物語に大きな力を与えているのは小豆島の圧倒的に美しい風景だ。木下恵介らしい移動撮影は影を潜め、固定カメラのロングショットで人の姿をとらえる。とくに子どもたちが列を作って、のどかな景色の道を元気に歩く姿が何度も描かれる。

 そして、劇中には日本人なら誰もが知っている唱歌が繰り返し流れる。複数回流れるのが『仰げば尊し』、『アニー・ローリー』、『ふるさと』、『七つの子』の4曲で、なかでも『七つの子』は6回も使われている。

野口雨情が作詞した『七つの子』は親が子を思う心、子どもを無条件に可愛いと思う感情を歌った童謡でありながら、なんとも切なく、やるせない。子どもの頃、ぼくはこれを聴くと、決まって夕暮れ時に自分がはぐれてしまったような寂しさに襲われたものだ。それは木下恵介が美しい風景の底から掬いとろうとした感情にも重なる。人は大切なものを次々に失いながら、あてどない旅に出なければいけない…。そんな深い寂寞と悲しみがこの映画にはあふれている。

文 米谷紳之介


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