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木下惠介とは | 木下恵介エピソード

軍隊時代の木下惠介 写真提供:木下惠介記念館

木下惠介は1940年10月に召集令状を受け取り、12月後半に中国の戦線へと赴いている。それは彼が監督昇進を目前に控えていた時期に起きた痛恨の出来事でもあったが、現地で荷物の縄が目に当たって足元が不安定になり、やがて左足首を痛めて野戦病院に入院。結果としてはこれが幸いして、41年5月に帰国の途に着くことになり、8月15日には召集解除となった。九死に一生を得たとはいえ、およそ1年弱もの間、映画から離れざるを得なかった彼の複雑な想いは、やがて戦争に対する憎しみそのものへと結実していくことにもなる。