松竹Cinema Classics

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木下惠介とは | 木下恵介エピソード

『カルメン故郷に帰る』(1951年)撮影風景 写真提供:木下惠介記念館

日本映画初のカラー映画製作における最初の難関は、俳優たちのメイクであった。従来のモノクロ用化粧品では、顔の肌色が自然に出ない。そもそも日本人の黄色い肌は当時カラー映画に不向きと言われていた。そこで米マックスファクター社の協力を得てカラー用メイクの指導が行われ、同時に出演者たちの顔の肌の明度、色相、彩度を計測し、その上でキャメラテストを行ったところ、高峰秀子の肌は日本人離れして綺麗なことがわかり、彼女にはピンク色の強い23Mというグリースペイントを使用することになった。