連載コラム「OZU活のすすめ」第28回 ~上野編 小津安二郎が愛した味 とんかつと和菓子の名店を訪ねる~
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皆さまこんにちは。OZU活のすすめ28回も上野の小津スポットをご紹介します。江戸時代、寛永寺がある高台が「上野のお山」と呼ばれたのに対し、高台の麓は「下谷(したや)」と呼ばれ、寛永寺の門前町として発展しました。参道として賑わった上野中央通りは、現在も多くの商店が軒を連ねる上野のメインストリートです。また、上野駅と御徒町駅を結ぶ高架沿いには戦後の闇市から発展したアメ横商店街が広がり、買物やグルメを楽しむ多くの人々で賑わっています。今回は活気溢れる上野の街で小津監督が愛した名店を訪ねます。
上野中央通りの「上野広小路交差点」から上野公園に至る一帯は「下谷広小路」と呼ばれ、明暦3年(1657年)に起こった「明暦の大火」の後、寛永寺への延焼を防ぐために整備された広小路(大通り)でした。下谷広小路は将軍が寛永寺に参拝する際の「御成道(おなりみち)」であり、両脇に茶屋や料理屋などが立ち並ぶ参道として賑わいました。現在も上野中央通りには江戸時代から続く老舗が残ります。
上野広小路交差点に面した松坂屋上野店もその一つ。明和5年(1768年)、名古屋の呉服店「伊藤屋」が上野の呉服店「松坂屋」を買収して江戸進出を果たします。下谷広小路に開店した「いとう松坂屋」は江戸の繁盛店となり、寛永寺に法衣などを納める御用商人を務めました。明治40年には陳列式立売りを採用し、近代的な百貨店へと発展します。昭和4年に建てられた本館は、重厚な大理石の階段やクラシカルな意匠に昭和初期の趣きを感じることができますよ。

松坂屋本館の東に、小津監督が贔屓にしたとんかつの名店「蓬莱屋」があります。大正時代の始め頃、初代当主が松坂屋の裏手でとんかつの屋台を開業し、昭和3年に現在の場所に店舗を構えました。小津監督も通った木造モルタル造りの店舗は昭和25年に建てられたもの。どこか懐かしい佇まいにほっとしますね。

小津監督の日記に初めて蓬莱屋が登場するのは昭和8年。蓬莱屋で食事をした後に浅草の映画館や甘味処を訪れたことが記されています。小津監督は上野の美術館や博物館を訪れたり、親しい人達と食事をする際に幾度となく蓬莱屋に足を運びました、昭和28年6月の日記には蓬莱屋で昼食をとった後、上野公園で『東京物語』のロケハンを行ったことが記されています。蓬莱屋のとんかつが小津監督の好物だったことはよく知られており、蓼科の雲呼荘を訪ねるお客が東京から持参することもありました。もちろんお気に入りの飲食店を書き留めた2冊の「グルメ手帖」にも蓬莱屋の名が記されています。

昭和35年公開の『秋日和』に、蓬莱屋を彷彿とさせるとんかつ屋が登場します。亡き親友・三輪周造の七回忌に集まった間宮、田口、平山は、三輪の妻・秋子と娘のアヤ子に再会します。美しく成長したアヤ子に縁談を世話する旧友3人組の奮闘と、結婚を前にした娘と母の美しい絆が描かれます。物語の冒頭、田口と平山が法要の招待客と上野の美味しい店について語り合います。
田口「そうですか、そりゃ一度行ってみましよう。松坂屋の裏のとんかつ屋へはよく行くんですがね。(平山に)お前もな」
平山「アア、あの家がまだ屋台でやってたころからだな。(社員に)その時分はこっちもまだ学生でしてね。食いたいし金はないし……|
田口「今日の仏なんかも、なんとかかんとか工面しちゃア、よく一緒に行ったもんですよ」
田口と平山は蓬莱屋が屋台だった頃からの常連のようです。小津監督が代用教員の職を辞して東京に転居したのは大正12年のこと。『秋日和』のセリフには、蓬莱屋の屋台でとんかつに舌鼓を打った、若き小津監督の思い出が反映されているのかもしれませんね。

暖簾を潜ると、調理場を囲うようにL字型のカウンターが設けられています。小津監督はカウンター左端の席がお気に入りだったとか。磨き上げられた調理場では職人さんが手際よく立ち働き、とんかつを揚げる音が耳に心地よく響きます。

2階には6畳と8畳の座敷があります。時には2階の座敷で賑やかに食事をすることもありました。脚本執筆のために滞在した蓼科から帰京する際は、自宅に帰る前に蓬莱屋に立ち寄って好物のとんかつを味わったそうです。小津監督とコンビを組んだ脚本家の野田高梧さんが記した『蓼科日記』には、そんな帰京時の様子が記されています。
昭和35年3月30日(水)曇
略
同夕、七時七分新宿着、高松君、麗子君、村上君、玲子出迎え、みんなで蓬莱屋へ行く。すれ/\の時間に店に入り、二階の二疊におさまる。
小津監督と野田さんは、蓼科を発つ日が近付くと、東京に帰ったらまずは何を食べようかと考えるのが楽しみだったようです。2人にとって蓬莱屋のとんかつは、何よりも懐かしい東京の味だったのですね。

もうひとつ、蓬莱屋をモデルにしたとんかつ屋が登場する映画があります。昭和37年公開の『秋刀魚の味』は小津監督の遺作となった作品。男手一つで育てた娘を嫁がせる父親の目を通して、人生の機微や孤独を描き出した名作です。

佐田啓二さん演じる平山幸一は、妹の道子が同僚の三浦に好意を抱いているのを知り、三浦に道子との縁談を持ちかけます。このシーンは撮影所に蓬莱屋の2階座敷にそっくりなセットを組んで撮影されました。
妹の恋に一肌脱ごうとした幸一は、肩肘張らずに話ができるとんかつ屋を選んだのでしょうか。差し向かいでとんかつを食べながら、さりげなく三浦に結婚の話を切り出します。蓬莱屋の2階は正に小津監督のイメージにピッタリだったのかもしれません。
写真提供:蓬莱屋
料理長の山岡さんに小津監督と交流があった先々代当主の写真を見せていただきました。小津監督の日記には蓬莱屋で食事をした以外にも、当主と蕎麦を食べに行ったことや、『秋日和』の撮影時に蓬莱屋当主が撮影所にとんかつを持って来てくれたことが記されています。また、野田さんが記した「蓼科日記」には、蓬莱屋に蓼科への来遊を促す葉書を送ったことや、蓼科を訪れるお客に蓬莱屋の当主がお土産を持たせてくれたことが記されていました。小津監督と野田さんが蓬莱屋と温かい交流を結んでいたことが伝わってきます。

ヒレカツ発祥の店である蓬莱屋は、創業以来上質なヒレ肉のとんかつのみを提供し続けています。小津監督が愛した看板メニュー「ヒレカツ定食」をいただきました。サックリと軽い衣は、きめの細かい生パン粉を更に細かくして用いています。ラードとヘットを合せた特製の揚げ油も蓬莱屋のこだわり。衣を付けたヒレ肉をまずは高温の油にさっと潜らせ、次に低温の油で肉の中心までじっくりと火を通します。

きつね色に揚がったヒレカツを口に入れると、まず肉の柔らかさに驚かされます。軽やかな衣の歯応えに続いて肉の旨みと豊かな肉汁が口の中に広がります。ウスターソースは先代がブレンドにこだわった自慢の一品。華やかに香るスパイスが肉の旨みを更に引き立ててくれます。最後まで温かいまま飲めるように、味噌汁を保温性の高い陶器の器で供するのも創業時から変わらないスタイルです。

蓬莱屋でとんかつを堪能した後は、上野中央通りの西側にある和菓子店「うさぎや」を訪れました。こちらも小津監督お気に入りの名店。店頭に飾られた白いうさぎの置き物が目印です。うさぎやの創業は大正2年。初代当主の谷口喜作が卯年であったことから「うさぎや」と名付けられました。以来創業の地で100年以上の歴史を重ねる老舗の和菓子店です。
写真提供:うさぎや
小津監督の日記にうさぎやが初めて登場するのは昭和10年。四代目当主の谷口拓也さんに貴重な戦前の写真を見せていただきました。小津監督がこのお店でお菓子を買ったのかと思うと胸が高鳴りますね。実は小津監督も明治36年生まれの卯年。お菓子の美味しさはもちろん、うさぎやの屋号と店頭に置かれたうさぎの置き物にも心惹かれたのではないでしょうか。

うさぎやを代表するお菓子を購入しました。まずは二代目当主が考案した「どら焼き」です。十勝産のあずきを丁寧により分け、じっくりと炊き上げた後に2日間寝かせて味を落ち着かせます。手間暇かけて仕込まれた粒あんは、小豆の皮が舌に残らないほどの滑らかさ。レンゲの蜂蜜を入れてさっくりと焼き上げた皮との相性も抜群です。昭和初期の販売以来、多くのファンを魅了し続けるうさぎやの看板商品です。
創業からの看板商品である「喜作最中」は、香ばしい焦がし種に蜜漬けの大納言を加えたこし餡を挟んだ、上品な甘さのお菓子です。半円の形は丸くなったうさぎの姿を表しているそうですよ。中央には初代喜作のかき判が押されています。
大和芋を使った生地にこし餡を包んで蒸し上げた「うさぎまんじゅう」は、しっとりとした口当たりと白うさぎを模した愛らしい形が人気です。卯年の正月菓子として作られていた薯蕷饅頭を、昭和62年(卯年)の新装開店時に定番商品としたそうです。
小津監督がどんなお菓子を購入していたか気になりますね。小津監督の日記には何度かうさぎが登場しますが、昭和26年の日記に手がかりを見つけることができました。
昭和26年4月25日(水)
柳井と博物館にゆく 琳派派 マチスを見る 蓬
莱屋でトンカツ うさぎやで最中 月ヶ瀬によつ
て 茅ヶ崎に帰る
谷口さんにお聞きしたところ、うさぎやで作られている最中は喜作最中一種類とのこと。小津監督はこの日、蓬莱屋のとんかつとうさぎやの喜作最中を楽しんで上野を後にしたようです。
初代当主の谷口喜作は川上音二郎一座で舞台に立つなど多彩な経歴を持ち、尾崎紅葉らと交流を結んだ人物でした。また、二代目当主は文筆や俳句に秀でた趣味人であり、うさぎやには当主と交流があった文化人が多く訪れました。中でも俳句を通じて深い親交があった芥川龍之介は、喜作最中をこよなく愛したといいます。多くの文人墨客に愛されたうさぎや伝統のお菓子をぜひ味わってみてください。
上野台地とその麓に広がる下谷地区の歴史を辿りながら、名作のロケ地と小津監督お気に入りの名店を訪れた上野編。文化や芸術の発信地である上野公園と活気溢れる上野の街は、小津監督が訪れた頃と変わらず私たちを迎えてくれます。ぜひゆっくりと上野の小津スポットを巡ってみてください。小津監督ファンにとって特別な1日となるのではないでしょうか。
日記引用:「全日記小津安二郎」「蓼科日記抄」より
文:ごとう ゆうこ
『秋日和』https://www.cinemaclassics.jp/ozu/movie/2827/
『秋刀魚の味』https://www.cinemaclassics.jp/ozu/movie/2812/
小津安二郎監督公式サイトはこちら https://www.cinemaclassics.jp/ozu/












