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小林正樹監督特集 人生の絶望から湧き上がっていく社会への怒り

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―「骨太」「反権力」「社会派」などの域に留まらない小林正樹監督の原点が垣間見える生誕100年― 

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 小林正樹監督と聞くと、「名匠」「巨匠」といったお決まりの冠の次に、「完全主義者」「骨太」「反骨」「反戦」「反権力」「正義」といった、もちろん立派ではあるが、正直どこか堅苦しいイメージまで抱いてしまう映画ファンも多いのではないだろうか。

 黒澤明同様に海外での評価も高いが、両者の作風は一見似ているようにも思え、また師匠の木下惠介や黒澤、市川崑と共に“四騎の会”を立ち上げたことで、この4人、比較対象になることも多く、中でも小林&黒澤の両者は晩年、前者が『食卓のない家』、後者は『乱』、ともに仲代達矢を主演に据えた作品を同じ85年に発表したことからも、どこかライバル的感覚で捉えられている節がないわけでもない。
(特に57年の『黒い河』以降、仲代を好んで起用し続けた小林監督は、『食卓のない家』公開時の取材で「やはり仲代君は僕の映画のほうが良い(笑)」などと、明らかに黒澤監督を意識した発言をしている)

 しかし、こういった硬質のイメージだけで小林作品に接するのも勿体ないことを、彼の松竹時代作品、特に『まごころ』(53)『三つの愛』(54)『美わしき歳月』(55)など初期のメロドラマ群が教えてくれる。

 メロドラマとは、要は愛し合う者たちにふりかぶる予測し得ない過酷な運命の波に翻弄されていくさまを描いていくものだが、小林メロドラマはそれを人生の理不尽な仕打ちとして嘆き、悲しみ、しかしその絶望を立脚点にしながら、いかにその後の困難を乗り越えていくか腐心していくところに力点が置かれている。

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 これは小林監督自身が戦時中に出征を余儀なくされ、戦争の地獄という人生最大の不条理と対峙し続けたことが大きく反映されているのではないか(ちなみに黒澤明は出征していない。ここで既に、両者の大きな資質の差異がうかがえる)。

なぜ人は平穏に生きていくことができないのか?

なぜ運命はかくも無慈悲に人に襲いかかるのか?

なぜ神は人に十字架を背負わせようとするのか?

 小林映画における人生に対する嘆きと絶望は、やがて怒りを湛えながら、前に向かって奮起していく。たとえ想いが叶おうが叶うまいが……。

 こういった視線で『人間の條件』全6部作(59~61)を見直すと、これが見事なまでに秀逸なメロドラマとして機能させ、その上で反戦映画としての主張を明確にしていることに驚かされる。本作の主人公・梶こそは、戦争という名の人生の不条理に翻弄されていく人間の運命に対して、最後の最後まで理性を捨てずに対峙し続けた男でもあり、それは小林監督の理想像でもあったのではないか。

 また小林監督は若き日に歌人・美術史家・書家の會津八一に心酔、師事しているが、彼もまた孤高の学者として研究に妥協を許さぬ人物で、しかも戦時中の右翼の横行などに対して反骨の姿勢を示している。

 そんな會津の信念を小林正樹は継承し、特に仏教美術史に根ざした美意識はやがて反権力的思想と結びつき、『切腹』(62)『怪談』(65)『上意討ち 拝領妻始末』(67)などの反骨と耽美と無常観を併せ持つ作品群へと結びつき、ひいては井上靖の小説『敦煌』映画化への果たせぬ夢にも向かっていったわけだが、松竹時代の初期作品群は、その過程として、あたかも学生が初々しく映画を学びつつ、時折のレポートを提出しているかのような瑞々しさにも満ち溢れている。

 2016年で生誕100年を迎えた小林正樹監督作品の特集上映やソフト化などによって、小林監督に対する映画ファンの印象はかなり変わっていくことであろう。映画賞や海外での輝かしい評価といった権威主義におもねずとも、小林作品は十分面白くも簡明で、誰に対しても門戸を開放している。特に松竹作品群はそのことを明確に示唆してくれていると確信している。

 時代がどことなく戦後ではなく戦前のような不穏な趣きを帯びてきている今だからこそ、小林監督作品が内包する骨太の姿勢は実に貴重ではあるが、同時に小林作品ならではの映画的叙情がもたらす快感と興奮なども、この機会にとくと味わっていただきたい。

 そもそも“映画”を熟知したツワモノだからこそ、作品を通して反戦も反権力も訴え得る力を備えているのだ。

文 増當竜也

 

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