映画『釣りバカ日誌』よもやま話 【その9】
【はじめに】
映画『釣りバカ日誌』シリーズは、時代が平成に変わる1988年12月24日お正月映画として、第1作が公開されました。
バブル景気やゼネコン疑惑など移り行く時代を背景に、建設会社の社長「スーさん」と平社員である「ハマちゃん」の釣りを通して結ばれた立場逆転の風変わりな友情を軽やかに描いたこの作品は、2009年に至るまでスペシャル版と時代劇版を含む全22作品が製作された人気シリーズです。
【撮影の思い出】
シリーズ全作品の現場に参加した唯一のスタッフである岩田均さんに、撮影当時のお話を伺いました。
岩田さんのプロフィールは、コチラ
https://www.shochiku.co.jp/cinema/history/interview/vol-4/
【今回の作品】
映画『釣りバカ日誌9』
1997年9月6日公開。
- この作品から単独で公開される様になりましたね。
シリーズで、節目となった作品ですが、私自身にとっても、スタッフの編成が大きく変わり、新しい気持ちで「製作担当」を任せて頂いたので、思い出に残っています。作品の雰囲気が、それまでと変わりましたので。
- どういった変化だったのでしょうか。
私が所属していた大船撮影所における製作部は、企画された映画が実際に撮影され、仕上げ作業を経て、完成させることまでが、仕事です。その中で、製作担当は、予算の管理、撮影スケジュールの作成、キャストの管理と、実際に作品を完成させるための現場責任者、ということになります。
- スタッフも変わられたのですね。
撮影、照明、美術担当が交代しました。続けて御覧になると、人物の配置の仕方、照明の当たり方、セットの造形などの違いで、お芝居の見せ方、画の雰囲気が変わったことがお分かり頂けるかもしれません!出演者の方だけでなく、スタッフの交代でも、新しい風が吹きます。「シリーズ物だから、全て同じスタイルで同じ様な映画が作られている」のではなく、1本ずつ丁寧に向き合ってそれぞれの作品を製作し、それが積み重なってシリーズとなっている、と言えるのではないかと思います。
- 今回は、ハマちゃんの仕事上の活躍が取り上げられます。
ハマちゃんのこういった部分を表現したい、ということになったのですが、現実からかけ離れ過ぎてもいけないので、「こういう営業スタイルは、いかがなものでしょう?」ということを、ある大手建設会社の方に、相談に行きました。
- リサーチされたのですね。
「どんなところにも入り込んで、取引先を楽しい気分にさせて、話を聞いてもらうことができる人材。それは最高の営業マンです」と仰ってました。それで安心して、「ハマちゃんは、釣りで築いた人脈を、仕事に活かしている。しかも自然にイヤミなく」というお話ができあがりました。
- 完成作品を御覧になって、建設会社の方は、なんと仰ってましたか。
相手の懐に入って、双方が気持ちよく、自由にやりたい様に進められるので、「ハマちゃんはダメ社員なんかでは、決してありません。そんな優秀な営業マンがいたら、ヘッドハンティングしたいです。絶対に放しませんよ!」という感想を頂きました。ハマちゃんの同期である馬場部長は、出世コースに乗っているという意味での一般的に「優秀」な人ですが、平社員のハマちゃんは、全く別の部分で光輝いていて、「そもそも優秀な人ってどんな人?」ということでもあります。結局、仕事でも、人柄が物を言いますよね。
対照的な同期の二人
- 社長室でも、ハマちゃんは規格外のサラリーマンです。
今回の社長室も、いつもの様に西田さん三國さんが、自由にアドリブを入れこんでいます。
大筋はあっていても。いつもの様に、テスト本番と、セリフが台本通りに行かない状態でした。どんどん変化していくので、この作品で、加藤武さんの代役で、急遽、重役として御出演頂いた北村和夫さんは、とても驚かれていました。
- 新劇界の重鎮ですよね。
そうです。映画『黒い雨』など今村昌平監督の作品をはじめとして、数多くの映画に御出演された名優です。この時の鈴木建設重役陣は、シリーズに御出演の経験があり、ある程度、即興的にお芝居が変化していくことに慣れていらっしゃる方々でした。北村さんは、初めてのご参加だったので、何度か、テスト本番をくり返していく中で、台本のセリフが一度として同じではないので、戸惑っていらしたのでしょう。何回かテストをした後に、冗談めかして「俺のセリフは、一体どこでしゃべれば良いんだ!?」と仰っいました。
- 皆さんは、当たり前になっていたのかもしれませんね。
しばらく、様子を見ていらしたのですが、あまりにも変わるので、「自由なんだなあ」という感じで、仰っていました。あの重厚な名優が!確かに通常の映画撮影では、あり得ないことですからね。珍しい現場です。
名優も驚きの撮影スタイル
- 浜崎家で釣りに行くのも珍しいですね。
静岡県の熱海市で撮影しました。初島沖です。スーさんが仕事をしている最中に、浜崎家が3人で釣りをしている、というシーンですね。
- みち子さんと鯉太郎が釣りに出かけるのは初めてですね。
西田さんと八郎役の中本賢さんは、釣りのシーンはお手の物ですが、みち子さんを演ずる浅田さんと鯉太郎の上野友君は、シリーズで初めてのロケ撮影でした。
- 順調でしたか。
友君は、そもそも、船に乗る事じたいが生まれて初めてだったので、朝から心配そうにしていましたが、やはり、途中で舟酔いしてしまったのです。西田さん浅田さん中本さんや、担当の助監督さんが励まして下さったこともあり、最後まで頑張ってくれました。
仕事中のスーさんに手を振る浜崎家
- 今回の地方ロケは、鹿児島県です。
川内市と甑島(こしきじま)です。どちらも大歓迎して頂きました。ゲストの小林稔侍さん演ずる馬場部長と風吹ジュンさん演ずる茜が再会する大切なシーンがあるのですが、その撮影は川内市の、石段が印象的な新田神社で撮影しました。宴会のシーンも市内のホテルです。
- 今回の宴会芸のモチーフはなんでしょうか?
今回の宴会は、鹿児島ロケの際に、川内市のホテルの宴会場で撮影されました。現地の市職員役で出演されている岩崎ひろしさんが、日劇ダンシングチーム出身ということで、振付は西田さんと一緒にされています。
- お二人で見事なダンスをご披露されています。
西田さんが褐色の肌になっているのは、当時、CMが流行していた「ナオミ・キャンベル」をモチーフにしています。当時もちょっとわかりにくかったのですが、今回の宴会芸「ベビードールダンシング」は、そういう経緯がありました。
今回も演出美術小道具スタッフの力を終結!
- 甑島は如何でしたか?
甑島には、串木野市から船で1時間くらいかけて渡ります。シリーズの人気も安定していて、撮影で伺うと、いつも歓迎して頂いていたのですが、この時は、特に熱狂的に歓迎して下さいました。「歓迎 釣りバカ日誌9ロケ隊様」のノボリが、いたるところに置いてありました。なので、撮影に行く場所で、ノボリを外すのに大変でした。写っては困りますからね!
- ラストシーンも印象的です。
「手打浜」という実に美しい浜辺があり、そこで撮影しました。
砂浜のバーベキューなど、大歓迎をして下さった島の皆さんは、当然、是非、見学したい、と思っていて下さったのですが、西田さん三國さんと馬場部長の息子役西谷さんの3人だけが、白い砂浜を謳歌する姿を、どうしても我々は撮影したいと思っていました。最後は空撮になって、浜の全景がローリングタイトルのバックになりましたので。
- 空撮は、全てが映ってしまいますね。
本当は、撮影を近くで見てもらいたいのですが、砂浜に足跡が付いてしまうので、堤防のところでで、止まって頂きました。さらに、空撮の時間になると、島のスピーカーから「お知らせがあるまで、自宅にとどまってください」というお願いを、ロケの実行委員会の方々に流して頂きました。本当は見たくてたまらないのに、家に帰って、ラストカットの撮影は、見ることが出来ない状況でも、快く協力して下さったのです。
- よく我慢してくださいましたね。
島には映画館がないので、完成してしばらく後に、島の皆さんのために、お礼を兼ねて、公民館で特別上映会をしました。多分、「このためだったんだ!」と分かって頂けたと思います。とても喜んで頂きました!
ひと気のない浜辺は、島の方々の協力で作られた!
〈その10に続く〉
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