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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(57)」
高度資本主義社会に機能しない無用の存在ってわけだ。

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 つげ義春の漫画の世界はどこか懐かしい。
描かれているのはモノがあふれかえった都市生活の彼方に存在しているような、つつましい世界である。ポストモダンならぬ、プレモダン。文学的にいえば、尾崎一雄や川崎長太郎などの私小説の世界に近いだろうか。
 話の内容はもちろん、黒い線描を重ねたそのタッチは徹底して暗い。ドロッとしたエロスもある。ところが、登場人物はそれぞれユーモラスで、読後は、妙に明るい気分にさせられる。「ホノボノ」とも、「シミジミ」とも違う、つげ義春的な世界としか言いようのない感触があって、ときには希望のようなものさえ感じさせてくれるのだ。
 そんなつげ義春の大ファンだからと、代表作の『無能の人』を監督デビュー作に選び、ベネチア映画祭国際批評家連盟賞まで受賞したのが竹中直人である。
 竹中直人といえば、この頃は役者であるだけでなく、まだコメディアンとしての印象が強かった。躁と鬱を行き来するような狂気のなかに、繊細さやシャイさをにじませる芸風は唯一無二のもので、これがつげ義春の世界と見事に響き合った。趣味もセンスもいい映画なのである。

無能の人

 竹中直人自身が演じる主人公・助川助三は、かつては売れた漫画家だが、現在は休業中。なんとか、妻(風吹ジュン)と就学前の息子の三人が食べていければと、中古カメラ業、古物業などに手を出すのだが、どれもうまくいかず、今度は石を採取して売ることを思いつく。古本屋の雑誌を見て、石の愛好家の世界があることを知ったのだ。
 とはいえ資金がないから、多摩川べりで見栄えのする石を拾ってきて、「孤独」とか「後悔」とか、それらしい名前を付けて売るだけ。店も吹きっさらしの川原に建てた掘っ立て小屋である。人通りもほとんどないから売れるはずがない。
 映画は助川たち家族を中心に、石の販売を通して出会う奇妙な人たちを交差させながら、いくつものエピソードを織り込みながら進んでいく。石のオークション、石探しの旅、謎の鳥男(演じているのは映画監督の神代辰巳!)との出会い……。どれも味がある。

無能の人

 タイトルの「無能の人」の言葉が出てくるのは家族で石探しの旅に行った折り、昼間会った虚無僧について風呂で話が及ぶときだ。

「虚無僧さんて虚無の僧なのかしら」

「仏教に虚無はないよ。一種の無用者だな。高度資本主義社会に機能しない無用の存在ってわけだ」

「役立たずの無能の人」

「そういうこったな」

「あんたみたいじゃない」

 もう一度漫画を描いてほしいと願っている妻は、ときにトゲのある言葉を吐く。しかし、本心ではなく、夫の才能を認めていることは彼女の行動からうかがえる。石のオークション会場では自ら競りに参加し、夫が出品した石を高値で競り落としてしまうのだ。
 助川の妻を見ていて、ちょっと似ているのが『フィールド・オブ・ドリームス』のケヴィン・コスナー演じる主人公の妻だ。謎の声を聴いたというだけでトウモロコシ畑を潰し、貯金を使い果たしてまで野球場を作ろうとする夫を信じ、近隣の人々や親兄弟から白い目で見られても意に介さない。それどころか、あなたのやりたいようにやりなさいと背中を押すのである。
 助川の妻も悪態こそつくが、根っこの部分ではわがままで怠惰な夫を信じており、懸命に寄り添おうとする。しっかり者だが、ちょっとぬけたところのある妻を演じた風吹ジュンが出色である。
 映画が始まってしばらく、監督・竹中直人は風吹ジュンの顔を映さない。横を向いていたり、後ろ姿であったり。ラストも家族三人が手をつないで歩く後ろ姿。チャーミングな顔より、背中に漂う哀感やユーモアや希望を描こうとした演出が素晴らしい。

無能の人

 小津の影響やオマージュを思わせるシーンはいくつもあるが、ゆったりしたカットのつなぎや全編を包むとぼけた空気は竹中直人独自のものだ。GONTITIの淡々とした、乾いた風を感じさせる音楽も素晴らしい。貧しさを描きながら、心はリッチに。大げさでなく、「精神の自由」を描いた、良質なファンタジーだと思う。

文 米谷紳之介


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