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イベントレポート【映画監督 篠田正浩 レトロスペクティブ Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下篇 岩下志麻さんトークイベント】

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2026年5月30日(土)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下にて「映画監督 篠田正浩 レトロスペクティブ Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下篇」として開催されている特集上映で岩下志麻さんのトークイベントが行われました。

チケットは即日完売となり、『はなれ瞽女おりん』の上映後、会場は映画の余韻と岩下志麻さんを待つ観客の期待にて熱い空気に包まれていました。今回、聞き手を務められました映画評論家の立花珠樹さんのご案内があり、観客からの盛大な拍手のなか岩下志麻さんがご登壇されました。

岩下志麻さん:皆様、今日はお忙しいところ集まってくださいましてありがとうございます。岩下志麻でございます。

立花珠樹さん:皆さんは先程『はなれ瞽女おりん』をご覧になったと思いますがが、本当に素晴らしい作品ですよね。

 

立花さんの言葉に再び大きな拍手がおこりました。

 

立花:昨日も(作品を)見直しましたが、改めて篠田さん、岩下さんの代表する作品なんだということがわかりました。今の映画のビスタサイズと違うスタンダードというサイズで、横幅は広くないんですけれど、それでも画面に広がりがすごくあって、そこに本当に美しい日本の四季が映りながら、岩下さんが演じる「おりん」が旅をして、いろいろな運命に出会っていくというすごい映画ですね。

岩下:そうですね。(演じた役は)目が見えない役で、私は暗闇恐怖症だったんですよ。ですから暗闇に慣れることから始めて、最初は着替えや洗面、廊下を歩くことから、表を散歩することを全部目をつぶって練習して、暗闇にいかに慣れるかということから始めました。

立花:篠田さんは当然、岩下さんが暗闇恐怖症だってご存知だったんですよね。

岩下:いえ、知らなかったと思いますけれど。

立花:でもそうすると、このお話というのは、台本の段階で事前にお話があったんですか。

岩下:いつも事前にはなくて、自分がやりたいものを決めた後で、私にこれをやるよ。って指示してくれるので、それからです。

立花:これは目が見えないというだけでも大変なことなんですが、見えない目で三味線を弾く、歌を歌うという。

岩下:三味線を弾くことは、半年くらい準備期間があったのでちょっと練習ができましたが、目が見えなくて歌を歌うしと大変でしたね。瞽女さんはお会いしないと役が掴めないなと思って、新潟の当時3人瞽女さんがいらしたので訪ねていったんですけれど、(夜)8時くらいで、瞽女さんが真っ暗ななか急な階段を降りてらして、私たちのためにパチッと電気をつけてくださったんですよ。ああ、目が見えないというのはこういうことかと思って、すごく実感しました。

立花:つまり瞽女さんたちだけだったら、夜になっても電気をつけておく必要がないわけですね。暗闇の中で普段から生活をされているということですね。

岩下:目をつぶって生活もちろんしますし、それから現場に行くのに全員でロケバスに乗っていくんですけれども、もう乗った時から目をつぶって(その状態に)安らぎを感じながら出発しました。だからほとんど目を開けてないんです。

立花:撮影中も基本的には目を閉じて、待ち時間も過ごされていたんですよね。

岩下:そうじゃないとちょっと役に入れなかったので。

立花:篠田監督は夫であり、監督でありというご関係ですが、家でも目をつぶったりして過ごされたんですか?

岩下:オールロケだったので家では会っていないんです。

立花:日本全国80か所ぐらいまわったそうですね。

岩下:はい。88か所。ですから、例えば静岡の道を歩いてると思うと、曲がると佐渡島の道だったり、曲がると富山の道だったり、そういうものがつながって一つの地になっているわけです。宮川さんと篠田のロケハンがものすごい大変だったと思います。

立花:今出た、宮川さんは宮川一夫さんという名カメラマンで篠田さんとはたくさん作品を撮られています。
『はなれ瞽女おりん』の話で、ずっとお話を聞けるんですけれども、今日は、この(上映)企画が、篠田さんのレトロスペクティブということなので、全体の話に移っていきたいと思うんですけれども、最後に一つだけ『はなれ瞽女おりん』のときには岩下さんは女優として危機的な状況にあったと・・・

岩下:ちょうど壁にぶつかっているところで。本当に自信喪失しておりましたね。どちらかというと女優というのは自信過剰でないとできない職業なんですけど、本当に自信を無くしている時期だったんですね。
そしたら篠田が「お前は女優を辞めちゃいけない」と、「辞めるべきではない」と。「女優をしているときが一番輝いている」というふうに言って、いつも励ましてくれたので、何とか立ち直って前を向けました。

立花:そういう自信を失っているときに篠田さんがものすごく難しい役を持ってこられたわけですよね。でもこの役をやりきることで自信を取り戻したということでしょうか。

岩下:そうですね。それはありますよね。

立花:この作品、1977年公開なんですが、1978年から日本アカデミー賞が始まるんですね。その第1回で、この『はなれ瞽女おりん』の演技で岩下さんが最優秀主演女優賞を受賞されてるんです。本当に記念すべき作品になったわけですね。

岩下:初めていただきましたので、緊張しました。

立花:篠田さんと最初に出会われたのは1960年、松竹に入社されたときに、篠田監督にお会いされたということでよろしいでしょうか。

岩下:初めて会ったのは『乾いた湖』という作品で面接がありまして、寺山修司さんと篠田とホン(脚本)を書いているところに面接に行きまして、それで決まりました。それが初対面でした。

立花:『乾いた湖』というのは60年安保などを素材にした映画なんですが、寺山修司さんと篠田さんが脚本を書かれた作品ですね。面接について篠田さんから伺ったことがあるんですけれども、岩下さんが『笛吹川』に出ているのを観て、よし、使いたい。ということで面接をしたときに、岩下さんに「どんな本がお好きですか」ってお聞きしたら、堀辰雄の本を読んでるとおっしゃったというふうにお聞きしていますが。

岩下:ちょうどそのときに、朝のテレビで堀辰雄のドラマをやっていたので、お話しました。
やっぱり『乾いた湖』で篠田と会っていなければ今の私はいないわけですから、あれは本当に運命の出会いだなとつくづく思いますね。

立花:歴史的に見ると岩下志麻さんの公式デビュー作は『乾いた湖』なんですが、実はその前に木下恵介監督の『笛吹川』という映画にご出演されているんですよね。ところが『笛吹川』の完成が遅くなったので『乾いた湖』が先に公開されたんですね。『乾いた湖』(の上映をBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下で)やりますので、ご覧いただくとわかりますが、字幕に「岩下志麻第一回作品」と出ます。その時から運命づけられてように感じますね。

岩下:本当にあの作品で主役に抜擢してくださったわけですから、あれがなかったら今の私はないですね。

立花:岩下さんはすごく期待されて、松竹に入られているわけなんですけれども、でもやっぱり岩下さんにとってはあの作品が本当に大きかったということですよね。
実は、劇場のショップに並んでいる、出たばかりの「世界の映画作家 篠田正浩」(※1)という本がありますが、この本のはじめに篠田組の当時の写真が載っているんですよ。『乾いた湖』監督と岩下さんがお話しているところとか、その次に出られた『夕陽に赤い俺の顔』でお二人の一緒の写真が載っているんですが、これを見てびっくりしたんですけど、篠田さん、むちゃくちゃかっこいいですよね。

 

場内にあたたかな笑いがおこり、岩下志麻さんの表情も優しくゆるみ笑顔になられて

 

岩下:本当に尊敬する監督さんっていう感じで、恋愛感情などは全くなかったんですよ。

立花:例えば松竹というと、その当時は小津安二郎監督や木下恵介監督とか渋谷実監督とかそういう巨匠たちがいる中で、やっぱり篠田さんは若い世代ですし、岩下さん最初に出会った時に、他の監督とは違ってかっこいい人だなと思ったことはないんですか?

岩下:他の監督さんはだいたい背広にネクタイ、ネクタイをしないまでもワイシャツにスボン姿の方が多かったんですけれども、篠田はジーンズにピンクのシャツとかそういう恰好が多かったので、すごく目立っていました。

立花:篠田作品に出るということは楽しいお仕事だったんですか?

岩下:そうですね。私はメロドラマが多かったので、メロドラマだと運命に流されている女性が多いんですよね。だけど、篠田の作品は必ず自己主張を持った女性だったので、そういう意味では、初期の篠田の作品の出演のお話がくるのが嬉しくて、一生懸命やりました。

立花:確かに篠田さんは最初の『乾いた湖』の後も次々に岩下さんを起用していくんですね。それから、篠田さんは最初に岩下さんを起用した後に、岩下志麻という女優はとても正確な演技ができるんだということをおっしゃっていて、それを松竹の中でもいろいろな方におっしゃったという話も伺ったことがあります。

岩下:いろんな監督に聞かれたらしくて。だから、私はその後、小津安二郎監督とか渋谷実監督とか、本当に松竹の大巨匠の作品に出られることができたのは、篠田のおかげだと思います。

立花:篠田さんという監督が、岩下さんという女優さんの演技のそういう特質というか、すごくいいところを見つけてくれて、それを松竹のなかで言って、それは、岩下さんがお仕事をしていく中ですごくよかったということですね。
岩下さんと篠田さんが恋愛から結婚に進まれるのは『暗殺』という今回も上映がありますけれど、この映画がきっかけとになっております。この辺の詳しい経緯をここで伺うと、時間が足りないので飛ばしますが、岩下さんと篠田さんとどのように出会って、どういうふうに結婚されるようになったかということについては一緒に作らせていただいた「岩下志麻という人生」(※2)という本の中に書かれておりますので、よろしければ読んでいただければと思います。
それで、お二人は、松竹の監督と松竹の女優さんだったのに、1966年ぐらいにお二人ともお辞めになった。それで表現社という独立プロを作られれるんですよね。

岩下:そうです。表現社を作りまして、『心中天網島』という映画を自主制作しました。2週間で撮ったんですね。私は「おさん」と「小春」という二役で。本当に大変な映画だったんです。お客さんがどの程度来てくださるか分からなかったんですけれども、それが大当たりしまして表現社の地盤になりました。

立花:この『心中天網島』ご覧になった方は多いと思いますけど、本当に素晴らしい映画なので、またこの映画も今回の特集で上映があるので、岩下さんの一人二役というのもぜひ皆さんにご覧になってください。

岩下:武満徹さんとか粟津潔さんとか篠田桃紅さんとか富岡多恵子さんとか、芸術家の方たちが集まった本当に斬新な映画ですよね。

立花:一つ篠田さんに映画についてお話を伺った時に、今日の『はなれ瞽女おりん』の相手役の男性は脱走兵です。実は表現社の第一作の『あかね雲』という作品もヒロインが岩下さんなんですが、相手役の山﨑努さんが演じているんですが、この方も脱走兵なんですよ。同じ水上勉さんの原作のということなんですが、その時に篠田さんが「僕も松竹からの脱走兵」とおっしゃられたことがあって、どこかに松竹への思いとかいろいろなこともあったんだろうと思って覚えています。
それで、この表現社で実はお二人が素晴らしい仕事をされてきて、2017年に表現社設立50周年という記念の上映会があったんです。その時に岩下さんと篠田さんに来ていただいて、私が聞き手をしたときに、篠田さんがすごいことをおっしゃったんです。「僕は映画という魔物に憑りつかれて岩下と二人で魔物退治をしてきました」とおっしゃったんですね。あの言葉を以前に聞かれたことはあったんですか?

岩下:そうでしたね。あの言葉を聞いたのは初めてでしたし、まさかあんなことを言うと思わなかったから、もう本当にびっくりしたし、よく考えるとやっぱり私たちの結婚生活は、映画という魔物を追っかけてる魔物退治の夫婦生活だったな、とつくづく思いましたね。

立花:僕も聞き手をすることが結構あるんですけど、その時は、壇上でそのお話の後、篠田さんが「僕が映画監督として一番ラッキーだったのは、岩下と出会ったことです。」とおっしゃいましたよね。

岩下:あれは涙が出ました。

立花:聞き手なのに感動して涙がでそうになるぐらい本当に素晴らしい時間だったと思います。
   さらに篠田さんは自分で最後の作品と決めたスパイゾルゲという作品で引退されたんですけど、その時も岩下さんも出演しながらメーキングの監督もされました。

岩下:撮りました。やっぱり篠田の最後の姿を収めたいと思って。私、当時、キャメラにすごく凝っていたんです。旅行に行ってもどこに行ってもビデオキャメラであちこち撮って、全部ナレーションを入れたりしていたものですから、その続きでやらせていただきました。

立花:本当にお二人で歩んでこられたわけで、その篠田さんが去年いなくなってしまったんですよね。すごくショックだったのではないかと思うんですけれども。

岩下:喪失感が大きくて。気力が全然なくなっちゃって。それで死にたい。もう死ぬことばかり考えていましたね。そしたらある出版社の方が篠田と私の映画人生についての本を書きませんかというお話をくださって。最初は気力がなくてとてもダメだと思ったんですけれど、いざお受けしてみると、22本の映画を篠田と撮っているんですよ。それで22本のDVD観て、それから篠田の書いた本をいろいろ読んで、それで篠田が生きているように感じられて、少しずつ元気になってきました。まだ途中なのですけど、かなり前向きに気持ちを持っていけるようなったと感じます。

立花:現役時代は、家の中でも一緒にいる時間がそんなに長くないんだというふうなことを伺ったことがあったのですが。

岩下:晩年は執筆が多かったので、ほとんど一緒にいましたね。今は、夜、テーブルが広すぎて、そこに篠田がいないのはとても寂しいですね。

立花:岩下さんは篠田さんを頼りにされていたと思いますが、何かあったら意見を聞いたりなさっていたのですか。

岩下:ものすごく頼りにしていました。(いなくなることは)大きなことでした。寂しいです。

立花:篠田さんは岩下さんに仕事をしろとおっしゃっていたんですよね。

岩下:そう。最後に(篠田監督が)骨折して入院してた頃なんですけれども、あの時も私にテレビの仕事が来たら「絶対やりなさいと。あなたは僕よりも10歳も若いんだから、あなたは女優を辞めちゃいけない」と励まされて、それで私はそのテレビをやりましたが、篠田は仕事をしている私がすごく好きだったみたいです。

立花:現在、本を書いていることは・・

岩下:はい。毎日報告しています。いろんなことを。本は「同志として妻として」(※3)という題名ですよ、とか、1つ1つ説明して、報告して、仏壇と仏壇の横の写真に向かって毎日の出来事や、これからどこどこに行ってきますというのも報告しています。

立花:最後に、表現社50年のときに篠田さんが監督として一番ラッキーだったのは岩下さんに出会えたことだとお聞きしましたが、岩下さんから篠田さんに出会えたことはどんなことだったのでしょうか。

岩下:やっぱり58年間も一緒に暮らしてくれて、本当にどうもありがとうございますという感じです。そして映画史に残るような素晴らしい映画を何本もたくさん一緒に創ってくれて本当にありがとう。
これも映画監督として捧げる言葉ですけれども、私は篠田は、類まれなる才能の持ち主だと信じていて、本当に素晴らしい人だったなと思うので、あなたは素晴らしい人だった。と、いつも仏壇に向かって言うんですけれど、本当に篠田は優しいし、思いやりはあるし、そういう素晴らしい人間と一緒に58年間一緒に暮らせて本当に幸せだったと思っております。
本日はありがとうございました。これからも篠田の映画をときどきご覧になっていただけたら、本当に嬉しく思います。ありがとうございました。

途中、篠田監督のことを思い、言葉を詰まらせながらも語ってくださいました。
会場からは、あたたかく盛大な拍手が贈られました。

 

上映は、6月11日(木)まで。スクリーンでご覧いただける貴重な機会をぜひお見逃しなく!

映画監督 篠田正浩 レトロスペクティブ Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下篇
鋭い知性と美学が炸裂する、松竹ヌーベルバーグの衝撃──
その目は冷たく美しく、日本の渇きを映していた
 上映期間:2026年5月29日(金)~6月11日(木)
 上映劇場:Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下
 上映作品:『乾いた湖』『乾いた花 4Kデジタルリマスター版』『暗殺』『あかね雲』『心中天網島』『はなれ瞽女おりん』

Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下公式HP】 www.bunkamura.co.jp/cinema/lineup/26_shinoda.html

篠田正浩監督公式HP】https://www.cinemaclassics.jp/shinoda/

 

~・~・~ トークで紹介された書籍たち ~・~・~

 

「世界の映画作家 篠田正浩」
キネマ旬報社 刊
判型:A5/定価:2000円(税込)
2026年6月11日発売(書店店頭)
ル・シネマ 渋谷宮下にて5月29日より先行販売

篠田正浩監督と時代を並走してきた映画ファン、
篠田作品をこれから見る映画ファンに贈る、
篠田監督と篠田作品を知るための決定版!
国内外で再評価の声が高まる篠田正浩監督の魅力を多角的に発信する
5月29日から「映画監督 篠田正浩 レトロスペクティブ プロジェクト」の始動を記念し“緊急発売”。
「キネマ旬報」での篠田正浩監督インタビューをメインに、岩下志麻さんのロングインタビュー、デビュー作「恋の片道切符」(1960)から「スパイ・ゾルゲ」(2003)までの篠田監督全作品の詳細なデータを収録。
キネマ旬報Webサイト:https://kinejun.jp/posts/20260529-ar-49929f

 

「岩下志麻という人生 いつまでも輝く、妥協はしない
著者:立花 珠樹 共同通信社 刊
判型:四六判/本体価格:1,600円(税別)

銀幕最後の大女優へのロングインタビュー。「志麻ちゃん、人間は悲しいときに、悲しい顔をするんじゃないよ」。岩下志麻さんが、小津安二郎監督から演技の極意を授けられたのは、21歳のときだった。あれから50年。この本には、岩下志麻さんが初めて「素の自分」を明かし、自ら選んだ10本の主演映画を通して、半世紀を超す女優生活を振り返る。
岩下志麻年表、123作品目録付

 

『同志として 妻として 「運命の人」篠田正浩と歩いた道』
著者:岩下志麻 講談社 刊
価格:1,900円(税別)
発売日(予定):7月17日

互いに尊重し、「不即不離」の関係を保って、深く深く信頼しあう「理想の夫婦」の58年を、日本映画史に名を刻む名女優がはじめて明かす感涙の一冊。
夫を失った哀しみと正面から向き合う、痛いほどの愛のメッセージ。