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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(10)」
こんな惨めで、美しい夜は二度と来ないように…。

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 まだレンタルビデオなどなかったぼくらの学生時代、旧作は名画座で観るものだった。『人間の條件』とのファーストコンタクトも名画座、それも土曜の夜にオールナイトでだった。全6部から成る上映時間9時間38分の大作である。もともと1959年から1961年にかけて2部ずつ3回に分けて公開され、その後、深夜の全編ぶっ通し上映が恒例となり、日本にオールナイト興行を定着させたことがこの作品を紹介する本には必ず書かれている。
オールナイトで観た『人間の條件』の印象は強烈だった。これだけ長い映画を明け方まで観ながら、途中で睡魔に襲われることが一度もなかった。それくらい面白い。いや、面白いというのは正確ではないかもしれない。目を見開いていなければならないような熱気をはらんだ場面がずっと続く。その力わざというか、小林正樹監督の演出の馬力には今観ても圧倒される。

そんな映画だから、ここに紹介したい言葉もたくさんある。以下はその一部。

「ぼくはめくらめっぽう信じます。会いたい人には会えるんだと」(第3部)

「俺たちが俺たちの意思で生きられる国がどんなふうにできるのか、それが問題なんだ」(第5部)

「歴史の中では些細なことだって個人的には絶大なことだ。その人間は、それを見た人間は、絶対にその傷跡を忘れやしない」(第5部)

 いずれも仲代達矢が演じる主人公・梶のセリフである。舞台は第二次大戦末期の中国戦線。自分に正直に生きるには最悪の状況のなかで、梶は軍隊の不条理に抵抗し、いかなる抑圧にも屈しない。どんなに自分を取り巻く状況が過酷になろうと、人間の尊厳と正義を求めて勇敢に闘う。梶という人間は、従軍と収容所生活を経験した原作者の五味川純平と小林正樹が理想を託した人物なのだろう。

 誰が観ても明らかな反戦とヒューマニズムのメッセージ。そして、もう一つのテーマである男女の愛が切々と描かれる。ぼく自身、こうして愛などと書くと、少々気恥ずかしい気もするけれど、小林はこれを正面切って、真摯に、堂々と描き切る。
 権力に逆らい、信念を貫く梶のおかげで苦労させられるのは、実は妻の美千子(新珠三千代)だ。それでも必死に夫についていく。彼女の「あなたが歩いている道を私も歩いているのよ。(中略)私の足が遅かったら、ちょっとだけ待ってね。ほんのちょっとでいいから」のセリフが泣かせる。
 懲罰的に軍に召集され、古参兵から虐待を受ける梶の部隊へも遠路はるばる訪ねていく。特別な計らいで夫婦が道具小屋で過ごすことを許された一夜は、前半のクライマックスだ。一枚の粗末な毛布にくるまった二人。「こんな惨めで美しい夜は二度と来ないように…」とつぶやいた梶は、妻の美しい体を忘れないために、窓の前に裸で立つように彼女に頼む。決してスマートとは言えない、無骨な描写だが、だから逆に記憶に刻まれる。
 美千子に限らず、この映画に登場する女性はみな率直だ。たとえば有馬稲子が演じた中国人娼婦がそうであるように、体面や観念に生きる男たちに比べ、率直な過激さ、向こう見ずな一途さを露わにする。小林正樹が見せたかったのは、むしろこうした女性たちの生ではなかったか。
 心身ともにタフだった梶も最後はすべてに絶望し、妻の幻影を追いかけながら荒野を放浪する。彼の耳に響き渡る美千子の明るい笑い声を聴いていると、畢竟、男は女性(あるいは母性)の手のひらをさまよっている存在に思えてくる。

文 米谷紳之介

 

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『人間の條件』ブルーレイ発売中!

¥19,800(税抜) 発売・販売元:松竹

©1959,1961 松竹株式会社

 

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