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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(12)」
あなたがいらっしゃるから、この世から姿を消すなんて、あまりに悲しゅうございます。

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 ぼくはアニメ『君の名は。』をてっきり佐田啓二、岸恵子主演で撮られた『君の名は』のリメイクだと思っていた古い世代の人間である。といっても、まだ生まれる前の映画だから、リアルタイムではなく名画座で観たくちなのだけれど。

『君の名は。』の大ヒットに触発されて、『君の名は』をDVDで観返したところ、これが実に面白い。もともとは菊田一夫原作のラジオドラマで、放送が始まると銭湯の女湯が空っぽになったというエピソードはあまりに有名である。その昔、日本人はみんなラジオを真剣に聞いていたのだ。映画化も大成功し、1953~54年にかけて第3部までつくられ、累計3000万人の観客を動員している。人気も『君の名は。』に負けていない。

 主人公の後宮春樹(佐田啓二)と氏家真知子(岸恵子)は昭和20年5月24日の東京大空襲の夜に偶然出会う。

 B-29の空爆によって東京の都心が燃え上がり、ビルが崩れるなかを春樹と真知子は体をかばい合うように逃げるのだが、その描写が臨場感にあふれている。映像を手がけたのは“日本の特撮の父”円谷英二だ。戦火を逃れた2人は、「もし生き延びていたら、半年後の11月24日にここで再会しよう」と約束し別れていく。「ここ」とは銀座の数寄屋橋で、当時はまだ本当に橋があり、下には川が流れていた。真知子が春樹のもとを走り去る姿を遠景でとらえ、向こうに建物の焼けた煙が立ち昇るショットは円谷の特撮が生かされ、素晴らしい構図をつくっている。

 そして、円谷の特撮によって強調された2人の劇的な出会いから思い起こされるのはアメリカ映画『スピード』で、サンドラ・ブロックが口にした「異常な状況で知り合った男女は長続きしないのよ」の台詞である。たしかに日常では考えられない状況のなかで生まれた恋情は、普通の生活に戻れば易々と冷めてしまうものかもしれない。

 しかし春樹と真知子の愛情は時間が経っても一向に冷めない。それは運命に翻弄されるように2人の前に次々と障害が立ちはだかるからである。すれ違いを繰り返し、結ばれそうで結ばれないから、よけいに想いはつのる。この恋愛熱量の高さが本作の魅力だ。

「あなたがいらっしゃるから、この世から姿を消すなんて、あまりに悲しゅうございます」と、真知子が切々と訴える言葉が美しい。

 春樹も「愛情ってものは現実の幸不幸の問題じゃない。それを超えたことです。たとえどんなに不幸になろうとも、あなたに対する愛情を失うことはできません」と、堂々と恋愛至上主義を宣言する。

 今どき、こんなに人を愛することに対してポジティブな物語は映画でも小説でもなかなかお目にかかれない。自己愛の時代にあっては、恋愛は面倒で厄介なものなのだろう。本作にも描かれているが、失恋や嫉妬といった制御が難しい感情はその最たるものだ。だから調査などを見ても交際相手のいない(あるいは交際相手を必要としない)若い独身者はどんどん増えている。多くの日本人が恋愛をさぼっているのである。

「何が何でもあの人に会うのだ」という想いと行動を描いたという点で、『君の名は』と『君の名は。』は句点の差以上に近いかもしれない。細部の共通点も少なくない。たとえば『君の名は』の数寄屋橋は『君の名は。』の信濃町や新宿の歩道橋に受け継がれている。さらに両作とも湖や川が大事な要素として出てくる。水が人を素直で厳かな気持ちにさせる存在として描かれ、60年以上の時を隔てて二つの映画が静かに共鳴しているようにも感じられる。

 

文 米谷紳之介

 

1006君の名は

松竹映画『君の名は』
1953年製作

監督:大庭秀雄/原作:菊田一夫/脚色:柳井隆雄
出演:佐田啓二/岸惠子/月丘夢路/北原三枝/大阪志郎/淡島千景

スト―リー
東京大空襲下の夜、数寄屋橋の上で出会った春樹と眞知子は、半年後、この橋の上で再会しようと約束する。春樹は別れ際「君の名は」と聞いたが、彼女は名を言わず立去る。しかし約束の夜、真知子は遂に現われなかった・・・。
様々な障害の為、なかなか出会うことのできず、眞知子は心ならずも他の男と結婚してしまう・・・。当時、大ヒットしたすれ違いメロドラマの傑作!