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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(8)」
少しくらい合わんところは体のほうで合わせる!

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きっと誰にも物心ついて最初に映画館で見た作品があるはずだ。

ぼくの場合、自分の記憶と映画公開の年を照らし合わせてみると、渥美清主演の『拝啓天皇陛下様』ではなかったかと思う。小学校に上がる前に見たわりにはけっこう憶えていることが多い。

 衝撃的だったのは、渥美清演じる主人公がどこかで盗んできたニワトリを食べるために殺して、乱暴に放り投げるシーン。これがずっと頭にこびりついて離れなかった。怖かったのである。渥美清は笑いを振りまく、四角い顔のおかしなオジサンであるだけでなく、年端の行かない子どもに人間のおっかない一面も見せてくれた。

 終戦からまもない、日本が貧しかった頃のシーンである。渥美清と彼を激しく叱り飛ばす戦友役の長門裕之との間で「徴発」なる言葉が用いられていること、そして「徴発」が「軍による強制的な物品の取り立て」であることを知ったのは、ずっとあとの話。上京し、名画座で再びこの映画に遭遇してから辞書で調べた。

 渥美清が演じるのは山田正助、軍隊では略して「ヤマショウ」の愛称で呼ばれる前科者だ。長門裕之はヤマショウと同期入隊の作家役で、彼の語りとともに物語は進んでいく。時代は2・26事件があった昭和11年から、まだ日本が連合国軍の占領下にあった昭和26年。激動期の日本の変転が、二人の出会いと別れの繰り返しのなかに描かれる。 「少しくらい合わんところは体のほうで合わせる!」のセリフは、映画の冒頭、入隊したばかりのヤマショウが支給された軍服が小さすぎて愚痴をこぼすと、近くにいた上官の口から出たもの。当時の軍隊がどんなところかをこれほど端的に表した語った言葉はないだろう。無理でも理不尽でも、軍隊の方針に合わせなければいけないのは服だけではない。価値観、信条、習慣、ふるまい、好み……。頭も体もすっかり軍隊モードに切り替えなければ生きていけなし、何の疑問もなく切り替えられる人間には軍隊は決して居心地の悪い場所とはならない。

 ヤマショウは後者の典型で、不況や仕事の心配もせずに三度三度のご飯にありつける軍隊は天国である。当初、初年兵として二年兵から散々いたぶられたヤマショウは、自分が二年兵になったとたんに変貌する。高圧的な態度で初年兵に接し、すっかり上機嫌だ。ここでも軍隊という組織に置かれた人間の本質を見せつけられるようで、考えてみれば、ニワトリのシーンよりはるかに怖い。

 ろくに字は読めず、無知・無学だが純朴。粗野で万事荒っぽいところはあるけれど、無類のお人好し。そんなヤマショウを精力的に演じた渥美清が抜群にいい。彼を脇から支えるのは長門裕之以下、加藤嘉、藤山寛美、西村晃ら名優。適材適所の男優陣だけでなく、ヤマショウが恋心を抱く戦争未亡人、高千穂ひづるの美しさにも目を奪われる。落ちぶれた哀れさのなかに凄艶な雰囲気を漂わせ、ドキッとさせられる。もともと東映時代劇でお姫様を演じることの多かった女優さんだ。

 こうした魅力的な人物を各時代、各エピソードに巧みに配した群像喜劇ではあるけれど、作品の背骨となっているのはビルマ戦線に従軍し、奇跡的な生還を果たした野村芳太郎監督ならではの反戦メッセージ。これほど戦争責任について堂々と真正面から言及した娯楽作品も日本映画には珍しい。

文 米谷紳之介

 

20160526_togeki

俳優・渥美清の軌跡―没後20年追悼上映―

6/24(金)まで!東劇にて上映中

 

 

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『拝啓天皇陛下様』

DVD発売中/¥2,800(+税)発売・販売元:松竹

(c)1963松竹株式会