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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(7)」
40になったら自分の顔に責任をもたなくっちゃいけねぇ。

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20160526

 渥美清の記念すべき映画主演第一作、それが『あいつばかりが何故もてる』である。1962年に初公開されたときは小津安二郎の遺作となる『秋刀魚の味』との2本立て興行だった。もちろん『秋刀魚の味』がメインで、こちらはサブの位置づけ。ちなみに小津映画の常連、須賀不二男が両方の作品に出演している。
 舞台は銀座である。渥美清の役はバーのマスター。しかし若い頃にスリを覚え、そのクセがつい出てしまう。そして、それが名人級の腕前とくる。アウトローの匂いがするという点ではテキ屋を生業とした寅さんと共通するし、調子がよくて、ええかっこしい、きれいな女性にめっぽう弱い、というところも寅さんに似ている。
 加えて、共演者に後に『男はつらいよ』で妹さくらを演じる倍賞千恵子と初代おいちゃんの森川信。倍賞千恵子は社会派カメラマンを志す女子大生で、渥美清が熱を上げる相手。森川信はスリの現場を押えようと渥美清を追う刑事だから、役どころは『男はつらいよ』とはちょっと違う。寅さんファンなら、このキャスティングにまず興味をそそられるはずだ。
 惚れた女性に最後はフラれるお約束通りの展開に、寅さんの原型を思う人は多いだろうが、隠れた主題は「顔」である。とくに今見ると、役者・渥美清の「顔」を世に問うた作品と言ってもいいのではないかと思う。
 あの四角い顔にレイアウトされた、つり上がった細く小さな目、小鼻の張った低い鼻、真一文字の薄い唇。
 たまたまスリの現場を撮影した倍賞千恵子が被写体として渥美清を追いかけるのも、この顔に時代の「混乱」を見てとり、「生活の垢が染み込んでいる」と感じたからだ。「あなたを媒介に現代を表現したい」とさえ口走り、60年代の大学生の青臭さ、生真面目さが妙に新鮮である。やがて彼の人柄を知ると、こんな言葉も口にする。
「善六さんの顔を思い出すたびにいつのまにか心が穏やかになるの。善六さんて顔は面白いけど、心がきれいで、やさしい人ね」
「善六さん」は渥美清の役名であり、「善六さん」を「寅さん」に言い換えれば、これはいかにも『男はつらいよ』のマドンナが言いそうなセリフである。
 顔についての教訓を強い口調で語るのは渥美清の顔なじみらしい、銀座の路上で靴磨きをしている左卜全だ。
「40になったら自分の顔に責任を持たなくっちゃいけねぇ。それまでの人生ってものがみ~んな顔に出てくるんだ。曲がったことばっかり考えているとな、その頃になって鏡見てがっかりすることにならあ。そうなったら人間もおしめぇだ」
「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」とはリンカーンの格言のパクリなのだが、これを耳にした渥美清は鏡を見ながら「これ以上がっかりしねぇよ」とこぼす。
 さて、現実の渥美清はこの映画から6年後、まさに40の齢にテレビ版の『男はつらいよ』に主演する。映画がスタートするのはその翌年。四角い顔の小さな目は喜びや悲しみだけでなく、孤独や寂寥まで実に豊かに感情を表現し、映画ファンの心をつかむことになる。その顔は時代を超えて多くの日本人に親しまれ、どこか聖者のような風貌になっていく。

文 米谷紳之介

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『あいつばかりが何故もてる
6月2日DVD発売!/¥2,800(+税)発売・販売元:松竹
(c)1962松竹株式会

 

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俳優・渥美清の軌跡―没後20年追悼上映―
6/11(土)~6/24(金) 東劇にて上映