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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(21)」
明ちゃん、死にました。 お母さんのせいです。

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 小津映画には常連組とも言うべき俳優が多い。笠智衆を筆頭に杉村春子、原節子、三宅邦子、田中絹代、佐分利信、中村伸郎……とファンならスラスラ名前を挙げられるに違いない。その一方で、映画会社の垣根の問題もあって、池部良、岸恵子、山田五十鈴、山本富士子、京マチ子、新珠美千代ら、1回きりの出演となった俳優もいる。しかし、いずれもたしかな印象を残している。
 なかでも山田五十鈴である。戦前の溝口健二の傑作『浪華悲歌』『祇園の姉妹』に主演したときは19歳。戦後も日本映画の黄金期と言っていい1950年代に、豊田四郎の『猫と庄造とをんな』、成瀬巳喜男の『流れる』、黒澤明の『蜘蛛巣城』と、巨匠の名作に立て続けに出演している。そして、同じ時期に出演した小津映画が『東京暮色』だ。

「東京暮色」

『東京暮色』は小津のフィルモグラフィにあって問題作や異色作、ときには失敗作と言われてきた作品である。ぼく自身、その昔、名画座で初めて見たときは、こんな陰々滅々とした小津の映画があったのかと驚いたことを憶えている。
不倫、駆け落ち、夫婦の不仲や倦怠、堕胎、自殺とも事故とも判別しがたい突然の死……。小津映画ではあまりお目にかからないショッキングな出来事が多く、季節は冬。雪も降る。夏の、それも晴れた日を描くことが多い小津には珍しい設定である。
 この映画について小津自身は「妻に逃げられた夫が、どう暮らして行くかという、古い世代のほうに中心をおいてつくったんです。若い世代はその引き立て役なのだが」と語っている。しかし、真意とは思えない。一応、笠智衆が演じた父親には『晩春』や『東京物語』と同じ「周吉」の名前が与えられているが、その存在感は女たちに比べ、あまりに希薄である。女たちとは原節子と有馬稲子が演じる姉妹と、彼女らを残して駆け落ちし、今は麻雀屋を切り盛りする母の山田五十鈴。『東京暮色』はまぎれもなく、この3人の女たちの物語である。

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 唐突に現れた母を姉妹はそれぞれの立場で激しく責め立てる。長女の原節子はマスクまでして現れ、妹にお母さんだと言わないようにと釘を刺し、次女の有馬稲子は別の場面で「ねえ、あたし一体誰の子よ?」「あたし子供なんか生みません。一生子供なんか生まない!」と、無責任な大学生の子を妊娠してしまった自分の煩悶を思い切りぶつける。しかも、その興奮を抱えたまま死んでしまう。
 喪服姿のまま母に妹の死を伝えにきた原節子の言葉がまた冷淡で、とげとげしい。こんな原節子、他の映画ではまず見ない。


「お母さん」
「まァ、いらっしゃい」
「明ちゃん、死にました」
「まァ、いつ、……なんで、……なんで死んだの、明ちゃん」
「お母さんのせいです」

 痛烈な言葉をぶつけられる側にいる山田五十鈴のセリフは決して多くない。涙もこぼさず、大げさな芝居で表情をつくることもしない。たとえば、次女が帰った後の後ろ姿。あるいは、長女が去り、おでん屋に入って一杯やる横顔。もうそこにいるだけで一人の女の諦念や孤独や空虚が伝わってくる。演じた女優も、演出した監督も凄い。悲痛な場面にあえて斎藤高順の明るく軽快な音楽を流す、小津ならではのスタイルがもっとも効果を上げている一作でもある。

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『東京暮色』の山田五十鈴は、小津が好きだった野球にたとえれば、名キャッチャーである。快速球や切れ味鋭い変化球を投げるピッチャーの原節子や有馬稲子をリードし、見事に試合をつくっていく。守備陣には笠智衆、中村伸郎、山村聰、藤原釜足、宮口精二と名手が揃う。問題作だ、失敗作だと言う人たちの口をシャットアウトするだけの魅力を持つ名作だと、ぼくは確信している。

 

文 米谷紳之介

 


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