イベントレポート【映画監督 篠田正浩 レトロスペクティブ 新文芸坐篇 おかむら良さん(映画評論家)トークイベント】

2026年9月19日(土)新文芸坐でのレトロスペクティブ上映最終日には、映画『スパイ・ゾルゲ』(2003年公開)の上映後トークイベントが開催されました。映画『スパイ・ゾルゲ』の撮影現場に連日通い詰め、著書『地獄の上の花見かな』を執筆した映画評論家のおかむら良さんが、現場での秘話や篠田監督の知られざる素顔を語りました。(聞き手は表現社の石黒美和さん)

篠田正浩監督の現場と素顔――『スパイ・ゾルゲ』撮影密着から見えた映画術
石黒美和(以下、石黒): 本日は映画評論家のおかむら良さんにお越しいただいております。おかむらさんは映画『スパイ・ゾルゲ』の現場に通われて『地獄の上の花見かな』というご著書を出されました。まずは現場に通うことになった経緯から教えていただけますか?
おかむら良(以下、おかむら): 篠田監督と2度目にお会いした時に現場がとても楽しそうだったので、取材に伺っていいかお尋ねしたところ「どんどん来てください」と言っていただいたのがきっかけです。すごくオープンマインドな方でした。前日に撮影スケジュールをいただいて、朝起きると「今日も行こう」と元気に現場に通っていましたね。
石黒: 現場ではどのような様子で過ごされていたのですか?
おかむら: カメラとテープレコーダーを持って監督の近くをくっついて歩いていました。隙を見てインタビューをしたり、分からないことを質問すると「それはね、こういうことだよ」と優しく教えてくださいました。
石黒: もともとゾルゲ事件自体に詳しかったわけではないんですよね?
おかむら: 実は現場に行くまで全く知りませんでした。前作『梟の城』の撮影現場で篠田監督に魅了されたのが始まりで、そこから『スパイ・ゾルゲ』へと繋がっていったんです。
「大切な友人たちが、みんないなくなくなっちゃったから」――引退に込められた想い
石黒: 篠田監督はこの作品に入る際、「これが引退作だ」と発表されていました。現場でその思いを聞く機会はありましたか?
おかむら: 最初から一貫して「これが引退作です」とおっしゃっていました。周りのスタッフや取材にくる人からは「まだ撮れるのに」という思いがあり、私も2, 3回「どうしてお辞めになるんですか」とお聞きしたんです。その時のお答えの一つに、「僕を引き上げてくれたり、いろんなことを教えてくれた友人たちが、みんないなくなっちゃったから」という言葉がありました。それが強く印象に残っています。
石黒: 事務所にいる私も、監督が寺山修司さんや武満徹さんのお名前を出して「どうしても一緒に作りたい人が、いなくなっちゃったんだよね」と何度も伺いました。
おかむら: 本編の最後にも「この映画は武満徹に」とクレジットが出ますよね。武満さんは監督にとって映画の深い知識や音楽を教えてくれた大切なパートナーだったのだと、映画を見て改めて感じました。
監督自らカメオ出演! 現場で見せた几帳面な素顔
石黒: 今回初めてご覧になった方も多いようですが、実は篠田監督自身も作品の中に登場されているんですよね。
おかむら: 『スパイ・ゾルゲ』では小雪さんのお父さん役で、能を見るシーンと結婚式のシーンに出演されています。ご本人から「すごく緊張した」とお聞きしました。奥様の岩下志麻さんが「早く言ってくれれば教えてあげたのに」とおっしゃっていたという話も微笑ましかったですね。
石黒: 監督は昔からご自身の作品にひょっこり出演されていますよね。ところでおかむらさんは監督にインタビューをしていく中で、とても印象的だったことがあるそうですね。
おかむら: はい、事務所に伺った時に、机の上がすっごく綺麗に片付いていて驚きました。自分のことを振り返っても、どうしてあんな状態で仕事ができるのか不思議だったんです。
石黒: 本当に整理整頓されている方でした。昔の資料を頼んでも翌日にはスッと出てきますし、検索も上手で原稿の執筆もですが、パソコンを使いこなしていましたね。
おかむら: 現場でもスタッフへの目配りや指示出しが見事で、端正な生き方や性格がそのままあの美しく端正な映像に繋がっていたのだと思いました。
時事性を切り取る「ジャーナリスト」としての映画監督
おかむら: 篠田監督は、単に物語を撮るだけでなく「今ここで何が起こっているか」を記録するジャーナリストのような切り口を持った監督でした。今回、上映された『スパイ・ゾルゲ』は、リヒャルト・ゾルゲというスパイでジャーナリストだった男の目を通して、篠田監督自身が生きた<昭和>という時代を再検証と再確認して、現代とつなげて見ることができる、という意味でとても重要な作品なのです。
石黒: そうですね。新文芸坐での上映でいうと、『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』のクランクイン直前に阪神・淡路大震災が起きた際も、最小限のチームで神戸へ飛んで撮影して、被災状況の映像を劇中に挟み込みました。『悪霊島』の冒頭でジョン・レノン暗殺のニュースが流れるのもそうですが、現実の出来事と物語を融合させる手法を大切にされていました。だからこそ、今見ても全く古びないのだと思います。
書名『地獄の上の花見かな』に込められた監督の映画観
石黒: おかむらさんのご著書のタイトル『地獄の上の花見かな』ですが、この言葉にはどういった由来があるのでしょうか?
おかむら: 篠田監督の作品の主人公たちは挫折したり死んだりすることが多く、監督自身も「幸せな人に興味はない」とおっしゃっていました。映画『写楽』の中で、挫折を味わった主人公(真田広之)がポツンと呟くセリフから取ったタイトルです。
石黒: 監督ご自身もその言葉について語られていたそうですね。
おかむら: 後日、監督が「人生には良いことも悪いこともある。地獄のようになっている時でも、映画というイリュージョンを見せるのが監督の仕事なんだ。映画っていうのは地獄の上の花見なんだよ」とお話ししてくださって。このタイトルにして本当に良かったと胸が熱くなりました。

海外ロケでの圧倒的な行動力と神対応
石黒: 海外ロケ(上海・ベルリン)にも同行されたとお聞きしました。現場での印象的なエピソードはありますか?
おかむら: 上海撮影所で500人規模の大スケールのデモシーンで、声が遠くまで届かず助監督さんが現場へ走っていったんです。すると、元箱根駅伝ランナーでもある篠田監督が後ろから猛スピードで走り出して助監督を追い抜き、ご自身で直接演技指導を始めたんですよ。これにはスタッフ一同ポカーンとしてしまいました(笑)。
石黒: 篠田監督、さすがですね! ベルリンではいかがでしたか?
おかむら: ベルリンでの本番中、後ろのセットの建物がパタンと倒れてしまったことがあり、一瞬現場が凍りついたんです。その瞬間、篠田監督が大声で「ディレクターズ・ミステイク(私のミスだ)!」とおっしゃったんです。その一言で現場が和み、温かい拍手が起きました。言葉や文化を超えてチームを一つにする機転と人間力に深く感動しました。
石黒: ベルリンでクランクアップを迎えたんですよね。
おかむら:はい、クランクアップの際も、主演のイアン・グレンさんから赤いバラの花束を贈られて、監督がとても嬉しそうにくしゃっとした笑顔を見せられていたのが忘れられませんね。
【映画監督 篠田正浩 レトロスペクティブ】は新文芸坐での上映が第4弾でしたが、詳細が未定のものも含めると第12弾まで予定されており、「今後もぜひ劇場で篠田監督の作品をご覧いただきたい」という石黒さんからの嬉しいご案内でイベントは幕を閉じました。
今後も上映を含め「映画監督 篠田正浩 レトロスペクティブ プロジェクト」は随時アップしてまいりますので、どうぞご期待ください。
詳しくは篠田正浩監督公式Webサイトをご確認ください。https://www.cinemaclassics.jp/shinoda/











