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イベントレポート【映画監督 篠田正浩 レトロスペクティブ シネマヴェーラ渋谷篇】 武満真樹さん(音楽プロデューサー)×高崎俊夫さん(映画評論家)トークイベント

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2026年10月25日(日)映画『涙を、獅子のたて髪に』(1962年公開)の上映後トークイベントが開催されました。登壇者は、音楽プロデューサーであり武満徹さんのご息女である武満真樹さんと、映画評論家の高崎俊夫さん。長年にわたりコンビを組んだ篠田正浩監督と武満徹さんの映画と映画音楽について、貴重なエピソードが語られました。

『涙を、獅子のたて髪に』——港町に漂うイタリア映画の気配

高崎俊夫(以下、高崎):武満徹さんは数多くの映画音楽を作っていらっしゃるので映画監督とのお付き合いも多いと思いますが、とりわけ篠田監督との作品が多いですね。今日は『涙を、獅子のたて髪に』の上映でしたが、ほとんど50年ぶりぐらいに再見しました。唯一覚えていたのは、港で藤木孝さんが、寺山修司さんの大好きだったラングストン・ヒューズの詩『75セントのブルース』を口ずさむシーンぐらいだったのですが、寺山さんのカラーが強い映画ですよね。

武満真樹(以下、武満):そうですね。この映画は1962年公開で、私が生まれたか生まれないかくらいの頃の作品です。ある程度の年齢になってから、リアルタイムで篠田さんの作品を拝見していますが、この作品は観る機会がなかったんです。でも、他の映画とカラーが少し違うなと思いました。それはたぶん、寺山さんの個性が強く出ているからなのでしょうね。

高崎:寺山さんと篠田監督が最初に組んだのは『乾いた湖』で、武満徹さんも参加されています。あれは全学連の学生が右翼テロルを夢想するというセンセーショナルな脚本ですが、今作はそれとも全然違いますよね。当時の篠田監督がインタビューで「港湾労働者の中で、ロミオとジュリエットをやろうというのがテーマだった」と話していましたが、ロマンティックでセンチメンタルな雰囲気があります。

武満:キャスティングにも強い力がありましたね。岸田今日子さんと加賀まりこさんはデビュー作ですが、実にかわいらしくて純粋な感じで。ロミオとジュリエットのような物語はどの時代にもあるのでしょうけれど、あの港という舞台のせいか、フェリーニの映画のような、イタリア映画に通じる雰囲気がありますね。音楽の入れ方も、ややそんな感じがしました。

高崎:武満さんもフェリーニが大好きだったんじゃないですか。

武満:はい、とても好きでした。

高崎:以前、武満さんのエッセイ集『映像から音を削る』を編集したことがあるのですが、確かフェリーニの『8 1/2』のことを大絶賛したエッセイを再録した記憶があります。

武満:とても好きな映画監督のお一人だったと思います。

高崎:今回久しぶりに見直して「武満徹」という視点で見てみると、音楽の使い方が面白いですよね。八木正生さんと共同で担当されていますが、全編ジャズという感じでもなく、クラシカルなメインテーマがあって、シーンごとに様々な実験やチャレンジをされているなと感じました。

武満:そうですね。最初のシーンの「カチ、カチ、カチ」という音などは『乾いた花』に通じるところもあります。でもやはり「ロミオとジュリエット」を意識したのか、甘いメロディーも出てくる。その辺りがフェリーニ作品に似ているなと思ったりします。

高崎:同時代の感受性への共鳴感というものがあるのでしょうね。

武満:そう思います。篠田監督がおそらく30歳くらい、父が31歳くらいの時の作品ですから、彼ら自身も青春の中にいて、若さゆえの苦しさや甘さを持っていた時期なのかなと想像しました。主人公たちへの同世代を描く目線というか、強い思い入れを感じましたね。

篠田監督の求心力と、同時代の才能たち

高崎:私はジャズピアニストとしての八木正生さんも大好きなのですが、彼自身も映画音楽を手掛けていらっしゃいます。武満さんとは名コンビという印象ですが、真樹さんは八木さんのことをご記憶されていますか?

武満:この頃の記憶は私にはないのですが、父は常に八木さんのピアノがとても好きでしたね。映画音楽にジャズっぽい要素を入れる時はいつも録音に来ていただいたり、自身の映画音楽コンサートでも、わざわざ八木さんに頼まなくてもいいようなちょっとしたパートまでお願いしていた記憶があります。

高崎:武満さんの全集を聴いていても、ジャズの比重が非常に高いですよね。もちろん現代音楽が流れる作品も多いですが、もともとジャズはお好きだったのでしょうか。

武満:そうだったんだと思います。父は満州で育ったのですが、祖父がジャズのレコードコレクターだったらしく、ずっと聴いて育ったそうなので。

高崎:『乾いた湖』のタイトルバックも強く記憶に残っているのですが、和田誠さんのデザインなんですよね。あのセンスは本当にすごい。今回何本か見直してみて、篠田監督は武満さんも含め、同時代の他ジャンルの才能を統合し、コンポーズする才能に長けていたのだなと感じます。

武満:映画監督の最も大事な使命の一つだと思いますが、今思い返すと、その後それぞれの分野で活躍される方々がたくさん集まっていました。あの頃の日本にはそういう土壌があって、あちこちで新しい動きが起きていた。その中で篠田さんは、ご自身の感性に合う人たちをうまくまとめるのが本当にお上手だったのだと思います。

ダンディーでかっこよかった篠田監督の素顔

武満:私が子供の頃、家にはよく音楽家の方がいらしていたんですが、いわゆる現代音楽をやっている方って、少し不健康そうに見えてしまって。「大人がこんな感じでいいの?」と思うような人が多かったんです(笑)。だから私は小さい頃、「芸術家にはならないし、芸術家とは絶対に結婚しない!」と固く心に誓っていたんですけど、唯一、篠田さんだけがかっこいい大人の男の人だったんです。

高崎:(笑)。箱根駅伝の選手でもありましたからね。

武満:音楽家の中では、近所に住んでいた芥川也寸志さんだけはかっこいいと思っていました。あとはやっぱり篠田さんが男っぽくてかっこいいから、「うちのお父さんが、芥川さんか篠田さんのどっちかだったらいいのに」って密かに思っていました(会場笑)。 篠田さんは振る舞いも本当にかっこよくて。私が高校生や大学生になって父のコンサートに行くと、篠田さんもよくいらしてくれたんですが、私を見つけると近づいてきて、握手をして「真樹さん、幸せですか?」って必ず聞かれるんです。それが子供心にすごくダンディーで素敵だなと思っていました。

高崎:博識で学者肌、言葉も巧みな方ですし、モテたでしょうね。

武満:父が亡くなった時、病院から都内の葬儀場へ移ってすぐに仮通夜をしたのですが、関係者の方から連絡を受けた篠田さんが、『スパイ・ゾルゲ』のロケハン先から夜に駆けつけてくださったんです。茶色のレザージャンパー姿で「ごめん、ロケハンから駆けつけたからこんな格好で」とおっしゃったその姿が、また本当にかっこいいなと思いましたね。

高崎:遺作となった『スパイ・ゾルゲ』のエンドロールの最後に「この映画を武満徹に」という献辞が出ます。真樹さんはあの映画の英語字幕や吹き替えの翻訳も担当されていましたね。

武満:はい。将来映画の脚本をやりたいと思っていたこともあり、お手伝いさせていただきました。篠田監督の親心でお仕事を任せていただいたのですが、歴史的に難しい表現も多く、ものすごくたくさんのことを監督から教えていただき、大変勉強になりました。

『写楽』のディキシーランド・ジャズと父の思い出

高崎:篠田監督の作品をリアルタイムでご覧になったのはどのあたりからですか?

武満:私が自分から進んで映像を観るようになった頃には、篠田さんは池辺晋一郎さんや湯浅譲二さんとも組まれていたので、父とのお仕事は私が中学生以下の頃の方が多かったかもしれません。もちろん『心中天網島』『鑓の権三』『はなれ瞽女おりん』などはすべて拝見しています。

ただ、父の映画音楽としての遺作は、篠田監督の『写楽』なんです。『写楽』をご覧になった方はわかると思いますが、映画の最後にディキシーランド・ジャズが流れます。あの音楽は、私が一番よく覚えている「父の性格を的確に表した音楽」だったんです。父は気難しくて怖い反面、機嫌がいい時はひょうきんで、よくディキシーランドの音楽に合わせて踊るような人でした。 父が亡くなった後、海外で父の映画音楽を集めた上映会があったのですが、最後にあの曲がかかった時、父が明るく「さよなら」と言っているみたいで、とても感慨深かったです。

高崎:祝祭的なエンディングでしたね。

武満:父にとっても思い入れの強い仕事だったようで、バーで飲みながら「ここでちょっとディキシーランドにしてみようと思うんだよ」と、とても嬉しそうに語っていました。普段は仕事の話を一切しない人だったのですが、映画の話だけはよくしてくれましたね。

音楽への深い理解とダニエル・シュミット監督とのエピソード

高崎:真樹さんご自身がお好きな、武満さんが関わった篠田作品はどれですか?

武満:やはり『心中天網島』ですね。10回以上、それもすべて映画館で観ました。日本だけでなくニューヨーク、フランス、ドイツでも観ましたし、1995年頃にスイスのグシュタードという高級リゾート地で開催された映画音楽のフェスティバルでも上映されました。その時、会場でもぎりをしていたスイス人のおばちゃんが、上映後にわざわざ私のところへ来て「素晴らしい映画だったわ」と言ってくれたのが、すごく印象に残っています。

高崎:文字通り代表作ですよね。今日の『涙を、獅子のたて髪に』の次に撮ったのが『乾いた花』ですけど、この作品も篠田映画では別格ですね。花札のカードを切る音をタップダンスの音でやったり、大胆でカッコいい表現を次々に試み、高橋悠治さんを連れてきて全く新しい音をつくらせているのもすごい。

武満:父もそうですが、篠田さんも悠治さんのことがとてもお好きでしたね。悠治さんは天才音楽家ゆえに起用するのが難しい方だと思うのですが、篠田さんはそういう才能を活かすのが本当にお上手だったのだと思います。

高崎:篠田監督は「音楽がわかっているから、どんな冒険でもできるんだ」と武満さんもおっしゃっていましたが、時代ごとに必ず新しい実験をされていますよね。

武満:父は篠田さんや大島渚さん、吉田喜重さん、恩地日出夫さんなど、素晴らしい監督に恵まれていろいろな試みができたのだと思います。中でも篠田さんは最も音楽に詳しく、知識も豊富な方でしたが、ご自身からは一切「こういう音楽を書いてくれ」とはおっしゃらなかったそうです。父から「こういう音楽にしようと思う」と構想を伝えると、すんなりと受け入れてくださっていたようです。 勅使河原宏監督とお話しした時に、「篠田は音楽がわかっているから口を出さなかった。僕は音楽がわからないから口を出さないんだ」と笑っておっしゃっていました(笑)。

高崎:武満さんと篠田監督のコンビ作品には、現代音楽からジャズまで、本当に豊穣な幅広さがあります。ご本人が何より映画が好きだったということが大きいのでしょうね。今日は貴重なお話をたくさんお伺いできました。どうもありがとうございました。

武満:ありがとうございました。

映画を心から愛した武満徹さんと、その才能を愛した篠田正浩監督。二人のコンビが生み出した名作の数々を、また新たな視点で観直したくなる温かなトークイベントとなりました。


次の「映画監督 篠田正浩 レトロスペクティブ」は、上映企画第7弾となるユーロスペース篇です。

🎬期 間 :11月7日(土)~13日(金)
🎥劇 場 :ユーロスペース
🎬上映作品:『異聞猿飛佐助』『処刑の島』『沈黙 SILENCE』『卑弥呼』『夜叉ヶ池』

🎤トーク付上映:
  11月8日(日)12:30『卑弥呼』上映後
            ゲスト:小栗康平さん 聞き手:石飛德樹さん

  11月9日(月)13:00『夜叉ケ池』上映後
            ゲスト:坂東玉三郎さん 聞き手:石飛德樹さん

【ユーロスペース公式HP】http://eurospace.co.jp/