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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(16)」
あ、星が流れた。ほんとよ、音がしたもの。ルルルって…。

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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(16)」下町の太陽

デパートで80万円のステレオや100万円の宝飾品を眺めながら、ため息をつくカップルの様子から物語は始まる。二人は下町の化粧品工場で働く同僚であり、男は本社勤務の正社員になろうと勉強に励む身だ。一方、娘は彼との結婚を望みながらも「女の幸せとは何か」「お金が本当に人生を豊かにするのか」を真剣に考え、やがて目の前に現れる一見不良っぽい工員(今見れば少しも不良ではないのだが)に惹かれていく。

『下町の太陽』は山田洋次の長編デビュー作で、倍賞千恵子の同名のヒット曲を主題歌にしたいわゆる歌謡映画として製作されたはずなのに、かなりシリアスな青春映画に仕立てられている。そこには貧困と出世、正規雇用と非正規雇用、結婚と幸福といった今日にも通じる社会的なテーマが盛り込まれ、山田洋次という作家の芯にあるものが今日に至るまでブレていないのがわかる。

 ヒロイン役の倍賞千恵子はデビュー3年目の22歳。山田と倍賞の名コンビによる『男はつらいよ』シリーズがスタートするのは6年後なのだが、倍賞の代名詞ともいえる「さくら」の原型をこの映画に見るのは容易だ。家族思いのしっかり者で、思慮深く、浮ついたところがない。彼女が惹かれていく鉄工所の工員(勝呂誉)の汗と油にまみれた顔はさくらの伴侶である印刷工の諏訪博(前田吟)に重なる。

連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(16)」下町の太陽

 しかし、ぼくはそのような関連性より、この映画の公開が1963年であることが気になる。ケネディ大統領の暗殺や力道山の死があった年なのだが、映画史的には小津安二郎が鬼籍に入った年として記憶されるべきだろう。同じ年に山田洋次が実質的なデビューをしたのは果たして偶然だろうか。ぼくには松竹らしいホームドラマの伝統が小津安二郎から山田洋次へと確かにバトンが渡された、そしてそれが1963年だったように思える。

 映画の手法や作風の違いはあっても、両監督とも描く対象は家族だ。個々の関係を揺さぶる活断層のようなものをそっと潜ませながらも、家族のかたちを肯定的に描くという根っこは同じである。だから、家族が囲む食卓はつねに重要な場面を担っている。さらに両監督とも鉄道や駅のホームという空間へのこだわりが顕著だ。小津作品には『晩春』や『麦秋』の通勤電車を挙げるまでもなく、電車や汽車が繰り返し描かれた。『東京物語』のラスト近く、原節子が亡き母の時計を握りしめる名場面も汽車の中である。

『下町の太陽』も電車内や駅のホームは重要な舞台となっている。勝呂が倍賞を見染めるのが電車の中なら、デートの別れ際は駅のホーム。ぼくたちはこんな場面を『男はつらいよ』で何度も見ている。失恋騒動の果てに「とらや」に居づらくなった寅さんを柴又の駅で見送るのはいつもさくらだ。倍賞千恵子はつくづく駅や鉄道が似合う女優だと思う。数々の女優賞に輝いた山田監督の『家族』では鉄道で日本を縦断しているし、監督は違うが『駅 STATION』も改札での人待ち姿が印象的だった。

連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(16)」下町の太陽

山田作品における倍賞千恵子の存在の大きさは小津作品の原節子や杉村春子以上だ。しかも「庶民派」「普通の人」と評される倍賞は、山田作品ではとくにそのような役ばかりなのだが、庶民を演じても、どこにでもいそうな普通の女性になりきっても、倍賞千恵子はやっぱり美しい。とりわけ横顔である。

理知的なおでこと切れ長の目。意志の強そうな鼻筋。小さく閉じた健気な唇。

その魅力が際立つシーンが『下町の太陽』にある。電車内で勝呂に激しく言い寄られ、小さく微笑んだ後、ふと窓の外を見る横顔だ。「日本一鉄道が似合う女優」と呼びたいくらい美しく、ハッとさせられる。

勝呂と二人、夜空を見上げる横顔もいい。

 

「あっ、星が流れた」

「流れ星? 見えるのか、そんなもん」

「ほんとよ、音がしたもの」

「どんな?」

「ルルルって…」

 

こんなロマンチックな会話を倍賞千恵子としたら、男なら誰だってドキドキします。

連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(16)」下町の太陽

文 米谷紳之介


今秋、9/2(土)~9/29(金)神保町シアターにて「女優・倍賞千恵子特集上映」実施決定!

『男はつらいよ』シリーズだけでなく、このコラムの題材ともなった『下町の太陽』など、珠玉の16作品をラインナップ予定!乞うご期待ください!

 

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