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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(20)」
いつまでも青春時代じゃないってこと。

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 ホウ・シャオシェンとの出会いは1988年に公開された『童年往時 時の流れ』だった。ある家族の日常生活をゆるやかに、感傷に溺れることなく描き、成長や死という普遍的な主題をみずみずしくスクリーンに刻んだ映像に目を奪われたのをつい昨日のことのように憶えている。

 続いて公開された『恋々風塵』、『非情城市』を含む3作品は自伝3部作とも称され、台湾ニューウェイブの言葉とともにホウ・シャオシェンの名を日本の映画ファンはまたたく間に記憶したわけだが、『非情城市』と同じ1990年にひっそり公開された『ナイルの娘』をぼくは迂闊にも観逃していた。ホウ・シャオシェンのキャリアにあっては『恋々風塵』と『非情城市』の間に置する青春映画である。歌手のヤン・リン主演のアイドル映画として企画された作品だからなのか、ホウ・シャオシェン自身はあまり気に入っていないという記事を読んだこともある。

 しかし、この映画、すこぶる面白い。今回、ぼくはDVDで観て、不覚にも涙をこぼしてしまった。

 主人公は昼間、ファーストフード店でアルバイトをし、夜は夜学に通う女子高生のシャオヤン。母を癌でなくし、警察官の父は遠い町に赴任中だ。家には彼女とホストクラブを経営する兄と小学生の妹がいて、隣家には母方のひょうきんなお爺さんも暮らしている。

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 映画の冒頭から、80年代が匂う懐かしいモノが次々に目に飛び込んでくる。ウォークマン、ポケベル、今では考えられない大きさのコードレスフォン、肩パッドの入った大きなシルエットのジャケット。さらに中森明菜が歌う「DESIRE」。日本がバブルに沸き返っていたこの時代、台湾もまた夜のネオン街では浮かれた若者たちがうごめいている。しかし台湾はまだ戒厳令下にあり、劇中には思想信条を理由に解雇される教師のエピソードも出てくる。

 夜の砂浜でシャオヤンと友人たちが焚火をして騒いだ後、ラジオにしんみりとした顔で耳を傾けるシーンがやるせない。

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「仲間と離れて切ないことが3つ。1つ目は徴兵に行かされること。2つ目はいつまでも青春時代じゃないってこと。もう1つ切ないのは絶えず前に進むよう僕らを追い詰める現実だ」

 DJが語りかける言葉は行方が定まらず、宙に浮いたシャオヤンの現実そのものでもある。ヤクザとの抗争に巻き込まれ何やら危うい生き方をしている兄を思い、一方で兄の仲間を秘かに慕いながら、自分の力ではどうすることもできない。彼女はそんな自分を「呪いをかけられてエジプトへ連れ去られた少女」に見立て、マンガ『ナイルの娘』(日本の『王家の紋章』)の世界に憧れている。

 小津安二郎と比較されることの多いホウ・シャオシェンだが、「時」を主題としている点では似ている。「時」とはもちろん、時刻のことではなく、時の移ろい。『ナイルの娘』ではシャオヤンが暮らす家の小さな居間が繰り返し描かれる。逆光でとらえた薄暗いショットの手前にテーブルがあり、その向こうに玄関の網戸。ここで展開する風景はさながら一枚の絵の中で人が動いているようにも見え、映画の始まりと終わりでは、その絵はずいぶん表情を変えている。この移ろいが「いつまでも青春時代じゃない」というラジオから聴こえてきた言葉と共振する。

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 はなはだ個人的な体験で恐縮だけれど、家が海から近かった少年時代、砂浜で拾った厚いガラスの破片に光を透かして見るのが好きだった。断面を透かして見える青い世界に名状しがたい魅力を感じたからだ。『ナイルの娘』を見て、なぜか、その頃の時間の記憶が甦った。映画を通してこんな体験をしたのは初めてである。

 

文 米谷紳之介

 


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【台湾巨匠傑作選2018】
キン・フー、ホウ・シャオシェン、エドワード・ヤン、ワン・レン、ツァイ・ミンリャンそして受け継がれる台湾ニューシネマの系譜、台湾ニューシネマのルーツから現代の新しい作家へ連なる好評企画第三弾「台湾巨匠傑作選2018」が今年も開催されます!

今も色褪せない台湾映画の傑作28作品一挙上映!
また、30年近く前に日本でひっそりと公開されたホウ・シャオシェンの名作『ナイルの娘』デジタル修復版が本特集上映にて上映決定!
是非この機会に劇場でご覧ください。

■期間:4/28(土)~6/15(金)
■場所:新宿 K’s cinema (http://www.ks-cinema.com/)
■公式サイト:台湾巨匠傑作選2018(http://taiwan-kyosho2018.com/)