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第21回東京国際映画祭 特別上映レポート
開催日:2008年10月25日(土)
場所:東京・渋谷Bunkamuraオーチャードホール

10月25日、第21回東京国際映画祭の40周年記念特別上映として、シリーズ中でも人気の高い第32作『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』が上映されました。

国際映画祭らしく、会場には多くの映画ファンや外国人の方々がつめかける中、まず舞台挨拶が行われ、山田洋次監督と本作品のマドンナである竹下景子さんが当時の思い出とメッセージを語ってくださいました。

司会: まず竹下さん、当時の印象に残る思い出は?

竹下さん: 私がこの作品に参加した当時は、もう32作目。参加するスタッフのみなさんが、ひとつの大きな家族のようでした。それぞれのスタッフが、それぞれの役割をもち、いいものをつくろうと努力していたように思います。監督と渥美さんがセリフについて話し合うことも多く、監督も渥美さんも自分達で笑ってしまうような面白いセリフが、その場でできあがっていくような活気がありました。たとえば御葬式のシーン、真面目なのに、渥美さんが言うと、みんなが笑ってしまう。そんなことが何度もありました。

司会: シリーズには全部で3回出演されていますが、そのことで気をつけていたことは?

竹下さん: 3度とも、それぞれ役柄が違っていました。そこで、毎回、とらやのみなさんに会うのは今回が初めてなんだ、と自分に言い聞かせながら演じていましたね。

司会: 今度は山田監督に伺います。寅さんが、40年たった今も注目されつづけていることをどう思われますか?

山田監督: 今日観てもらうのは、32作目。25年前の作品ですが、第1作目は40年前のもの。40年前と言えば、日本は高度成長の真っ盛り。戦後と呼ばれる時代を通り過ぎて、世界の経済大国と肩を並べようとしていた。経済優先というスローガンのもとに、みんながもっと金持ちになろうと夢中になっていた頃です。そんな中に、顔も頭も悪く、地位もなければ金もない男が登場して、人気者になったんです。みんな寅さんをみて、ホッと安心するものがあったんじゃないかな。つまり心のどこかで、こんな風に経済優先でこの国が進んでいってもいいのだろうか、という不安がその当時からこの国にはあったんじゃないかと思うんです。40年たった今、その予感が的中しているんじゃないかと思えてならないですね。

司会: そうですね。経済優先で働いてきた日本人の中でも山田監督は、毎年2回もこのシリーズをつくり続けてこられたそうで、相当お忙しかったと思いますが。プレッシャーはありましたか?

山田監督: 寅さんをつくるのは、常に楽しかったですね。楽しくなくなったら止めなくちゃいけないと思っていました。この32作目の頃は、いちばん楽しかった。渥美さんも元気で、スタッフも元気で。その雰囲気が映画にも出てるんじゃないかと思います。

司会: 最後に、会場のみなさんに一言お願いします。

山田監督: どうぞ最後まで楽しんでいってください。25年前と今の日本は、随分違ってしまったんだな、と私自身にも感慨深いものがある。その変化で、僕たちが幸せになったのかどうか、劇場を出た帰り道、考えてもらえたら嬉しいですね。

大きな拍手に包まれ、お二人が退場された後、いよいよ上映スタート。
竹下さん、監督が太鼓判を押した通り、涙あり、笑いあり、また笑いありの内容に、場内にも絶えず笑い声が響いていました。
会場を出ると、そこは劇中にも登場した渋谷の街。確かに様変わりした街に、考えさせられる方も多かったのではないでしょうか。

上映にあたって、主催の東京国際映画祭関係者の皆様、そして会場まで足を運んでいただいたお客様に、厚くお礼を申し上げます。

オーチャードホールへと続々と入場するファンのみなさん

40周年記念の書籍「人生に、寅さん。」を販売、大人気に。

ステージの竹下景子さんと山田洋次監督。40周年記念のポスターと東京国際映画祭のポスターに囲まれて。

上映が行われたBunkamura オーチャードホール入り口

挨拶を終えつめかけ取材に応じる竹下景子さんと山田洋次監督。再び笑顔で渥美さんと並ぶ竹下景子さんと山田洋次監督。