イベントレポート【映画監督 篠田正浩 レトロスペクティブ 新文芸坐篇 長塚京三さん・石飛徳樹さんトークイベント】

2026年9月12日(土)、映画『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』の上映後、主演を務めた俳優の長塚京三さんによるトークイベントが開催されました。聞き手に映画評論家の石飛徳樹さんを迎え、観客からの大きな拍手で幕を開けた本イベント。篠田正浩監督との出会いや撮影当時の裏話、そして近年の出演作に至るまで、お二人の対話を通じて貴重なエピソードがたっぷりと語られました。
30年ぶりの鑑賞は「軽い交通事故にあったよう」
長塚京三さん(以下、長塚): ひとこと皆さんにお礼を申し上げたくて。皆さんのおかげでこうして席を同じくして、この映画を見ることができました。篠田(正浩)監督にお礼を言いたいと思います。とってもいい作品を、素敵な作品をありがとうございました。
石飛徳樹さん(以下、石飛): 長塚さんは今日久しぶりにご覧になっておられましたけれど、いかがでしたか。
長塚: 30年ぶりに観ました。こんな言い方はおかしいんですけれども、軽い交通事故にあったような気がします(笑)。この映画を映画館で観る機会が、僕は主役をやらせていただきながらあまりなくて、何回も見ていないんです。でも、もう本当に昨日撮影したかのように近く感じますね。若かった共演者の方たちの中には今はいらっしゃらない方もいますが、やはり映画というのは“永遠のプリンティング”なんだなという気がしました。みなさんとても素敵でしたね。
阿川佐和子さんとの番組から始まった、篠田監督との出会い
石飛: 篠田監督の作品に出られるのはこれが初めてですよね。監督とはどういう出会いで出演することになったのですか。
長塚: 当時、NHKで『私のとっておき』という各界の方をお招きしてお話を伺う番組があって僕と阿川佐和子さんの2人で司会をしたんですが、まあ僕は本当に出来損ないでめちゃくちゃで、阿川さんが一人でこうやって僕のことをつつきながら切り盛りしてくださいました(笑)。その時のゲストとして岩下(志麻)さんも篠田監督もそれぞれ出てくださって、映画の話などで盛り上がったんです。「近いうちに映画を撮りたいんですけど、ご一緒したいですね」とお話をいただいて、それからしばらくしたら嘘のように台本が届いて。「やりませんか」ということでお受けしました。「あ、この方は口だけの人じゃないんだな」と、ありがたくお受けいたしました。
石飛: 当時、長塚さんは「理想の上司」と言われてドラマにも引っ張りだこで、本当にお忙しい頃でしたよね。
長塚: それまでは独立系の小さな映画の中でコツコツとやらせていただいていたんですが、その頃からわりと大きな映画から声がかかるようになりましたね。
石飛: 演じられた恩田幸吉という役について、篠田監督からはどんな風に演じてほしいというお話があったのですか。
長塚: そういう話をした記憶はないんです。台本が全てで、「どうでしたか」「結構な台本です」と言って、すぐ撮影に入りました。篠田監督は独特の笑顔でニコニコとされていて、「あ、監督がニコニコされているうちは多分これでいいんだろうな」という感じで撮影させていただきました。キャスティングも含めて本当に楽しんでやられていて僕たちにもリスペクトがあり、細かいことは一切おっしゃいませんでしたね。「いいよ」と言ってくださることはあっても、「そこはちょっと違う」とか「別の風にやって」とは僕は言われませんでした。
父になったつもりで・・・役に込めた亡き父への想い
石飛: 主人公の恩田幸吉は昔風の父権主義的な男性でしたが、長塚さんご本人とはだいぶ違う役のようにも思えます。演じてみていかがでしたか。
長塚: この撮影が終わる頃にちょうど亡くなってしまった私の父がおりまして。僕は監督に一度だけ「父になったつもりで、父が憑依した感じでこれをやってもいいですか」と聞いたんです。父もなかなか複雑な人で僕にはよくわからないところがいっぱいあったんですが、その父だったら長男の遺骨を持って郷里に帰る旅をどういうつもりで、家族をどう率いていたんだろうと思って。「うちの親父に振ってそれをやっていいですか」と話をしたら、「ああ、どうぞ」と。普段そういう話をされない篠田さんの口からも時々お父さんのことが役作りの話の中に出てきて、新鮮でしたね。だから僕たちは、監督の中にあるお父様もそうですし、僕の中にある父親を演じてみたという感覚がありました。
石飛: 私の父も昭和2年生まれで亡くなっているんですが、あんな感じだったなと思いながら観ていました。昔風の家で偉そうにしている父親像がすごくリアルでした。
長塚: 今日、映画を観ていて思ったんですが、フランス文学の中の『人間喜劇』のようなところがありますね。いろんな人が交差して。とっても楽しく拝見しました。
岩下志麻さんにペシャンコにされ、涙が出るほど助けられた現場
石飛: いろんな人物が魅力的で生き生きしていましたね。岩下志麻さん演じる奥様が普段は夫を立てて付き従っているけれど、時々言葉が強くなるところも印象的でした。
長塚: もう志麻さんは最高でしたね。本当に(幸吉は)ペシャンコにされますからね(笑)。
石飛: 岩下さんが奥さん役にキャスティングされる時、監督から長塚さんに相談があったと岩下さんから伺ったのですが。
長塚: 僕は先入観で当然、岩下さんが奥さん役をやっていただけると思ってたんです。相手役をいろいろ模索しておられると聞いて「岩下さんじゃないんですね」とお話ししたら、「あなたはそれでいいの?」と(監督が)おっしゃるので、「いや、それでいいのもなにも、それでなくては困ります」と言いました。素晴らしかったですね。
石飛: 僕が大好きなシーンで、神戸で「もう帰りましょう。ハイヤーなんか乗っちゃって格好悪いけれど帰りましょう」と言われて、長塚さんが「ハイヤー、ハイヤーって言うな」と返すところは爆笑しました。あと次男が吉川ひなのさんの彼女を連れてきた時に、「ふしだらな」と言ったら「ふしだらなんかじゃありません」と言われてタジタジになるところも、長塚さんにぴったりというか……。
長塚: 岩下さんにはかないません。あの「ふしだらな」というセリフが僕はなかなか言いにくくて、多分ギリギリOKで多少不明瞭なまま本番だったと思うんです。でもその直後に「ふしだらな、なんて」とオウム返しにきっちり分かるように言ってくださって、もう涙が出るほどフォローされました。
石飛: 岩下さんは現場ではどんな感じでしたか?旦那様が監督ですが。
長塚: 淡々と、粛々と、本当に大変静かなお方です。理想のパートナーシップ、理想のご夫婦でした。羨ましいなと。監督も大変リスペクトがあって丁寧で、大人の対応をされる方でした。何でも教えてくださるけれど、だからこそ自分で考えて解決しなきゃいけないなと逆にあまりたくさん聞きませんでした。全ては、監督のあの天使のような笑顔ですね。あの笑顔がある限りは万事うまくいっていると思えるんです。

チャンバラシーンでの骨折と、氷川丸でのロケ
長塚: 僕はこの作品の途中でチャンバラをするシーンがあるんですが、撮っている最中に転んで膝の骨を折ってしまい、撮影をちょっとお休みさせてもらって大変なことがあったんです。でも監督が「大丈夫、大丈夫。ゆっくり治してください。動けない状態でも撮る方法はいくらでもありますから、任せといてください」と優しく安心させてくださって。本当に心強かったです。僕は映画に迷惑をかけてしまったとしょぼんとしていたんですが、頑張ろうと思ってリハビリしながら後半の撮影をしました。
石飛: 全くそんな風に感じられない、かっこいいお父さんでしたよ。チャンバラは昔やっておられましたか。
長塚: やりました。警察は剣道を奨励していたりしますから、達人であっても不思議ではないですね。打ち上げも怪我のこともあって皆さんとできず残念だったのですが、皆さん本当によく楽しんでやっておられましたね。
石飛: 船の上のシーンはどんな風に撮っていたんですか?
長塚: 氷川丸の甲板で撮りました。基本的にはあのメンバーが甲板に集まってたむろして、そこでの話ですね。氷川丸でロケできること自体が楽しかったです。
石飛: 氷川丸は動かないのに瀬戸内海を走っているように見えるのがすごいですよね。僕が大好きな山田太一さんのドラマ『男たちの旅路』で長塚さんが船の上で犯人役をやられていたのを思い出して予習してきたんですが、覚えていらっしゃいますか。
長塚: よく覚えてます。シージャックするテロリストの役でしたね。
遺骨ではなく「歯ブラシ」が語る生活と、震災直後の神戸
石飛: この映画で忘れられないのは、最後に宮崎まで運んだ骨壺の中に入っていたのが遺骨ではなく歯ブラシだったという点です。どんな風に感じられましたか。
長塚: ショックの大きさはありましたね。ただ、映画の最後に神戸で被災した方たちが朝顔を洗ったり歯を磨いたりしている。歯ブラシは一つの生活の伴侶でもあって、船の中で生活していた用具の一つを遺骨に見立てて骨壺に入れたとすれば、それはそれで一つの思いなのかなと考えたりもしました。
石飛: 復興工事の人たちが歯磨きをしていて、「生きてるってこういうことだな」と感動させられました。長塚さんも阪神・淡路大震災の直後に実際に神戸で撮影されたんですよね。
長塚: 全体の撮影がスタートする前の年末だったかな、急に召集がかかって撮影部と僕と少人数で監督と行きました。神戸港の破壊され具合がショックで、言葉を失いましたね。
新たな境地とこれから
石飛: 最近では吉田大八監督の『敵』や濱口竜介監督の『急に具合が悪くなる』など、国際的にも評価される映画に立て続けに出演されていますが、ご自身の中で何か変化があったのでしょうか。
長塚: 急に役が浮上したんでしょうね(笑)。僕なんかも実年齢よりもずっと子供っぽい生き方をしてきたと思うんです。それが今年81歳になって、その前後で実年齢に精神年齢がやっと届いたというか。それでこういう役も浮上して、「ぼちぼち老け役をやってみようかな」と思ったりしています。好きな仕事だから苦労だと思わないですし、楽しい思い出しかないですね。
石飛: 濱口監督の演出で、感情を込めずに台本を読む「本読み」があると聞きますが、長塚さんもなさったのですか。
長塚: 抑揚をつけず、変な感情を込めずに、何かを狙ったりせずにただ文字を音に、声にしていく作業ですが、僕もだいたいそういうことをやってきましたから、それの一番極まった形なのかなと思います。読みも率先してさせてもらいました。大変勉強になりますから。台本をきちっと把握する、きちっと自分のものにするという、それは上手にやるとか、いい声を出すとかいう下心なく書かれたことだけを忠実に言葉にする、音にするということを実際やってみないと、なかなか勉強にならないんですよ。やってみましたし、それなりの成果は上がるとそう思います。そんなに特異な演出というわけでもないと思いますが。むしろすごくオーソドックスな原点回帰みたいな作業ですね。
イベントの最後には、「雨が降りそうですのでお気をつけてお帰りください。一緒に映画を観ることができてよかったです」と観客への温かい気遣いを見せた長塚さん。会場は終始温かな雰囲気に包まれたまま、トークイベントは幕を閉じました。











