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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(9)」
驚き桃の木山椒の木。

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 小津安二郎は報道班員としてシンガポールにいた太平洋戦争末期、イギリスから接収した100本近いアメリカ映画を観るという幸運に恵まれたが、そのなかにあったディズニーの長編『ファンタジア』について「こいつはいけない、相手が悪い、大変な相手とけんかしたと思いましたね」と、戦後のインタビューで語っている。アニメの名作から日米の国力の絶望的な差を思い知らされたのだ。『ファンタジア』のアメリカ公開は1940年。日本では1955年に公開され、その後の日本のアニメにも大きな影響を与えた。

一方、『ファンタジア』から遅れること5年、終戦間際の1945年4月に公開されたのが瀬尾光世監督作『桃太郎 海の神兵』である。海軍省の依頼で作られた戦意高揚映画なのだが、戦後の日本アニメに与えた影響は『ファンタジア』以上かもしれない。有名なのは、これを観た手塚治虫がアニメ制作を決意したというエピソード。16歳でこの作品と遭遇した手塚治虫は、その感動を自著『ぼくはマンガ家』にこう記している。

「ぼくは焼け残った松竹座の、ひえびえとした客席でこれを観た。観ていて泣けてきてしょうがなかった。感激のあまり涙が出てしまったのである。全編に溢れた叙情性と童心が、希望も夢も消えてミイラのようになってしまったぼくの心を、暖かい光で照らしてくれたのだ」

 日本の都市は空襲で焼け、子どもたちは疎開していた。手塚治虫が「ひえびえとした客席」で観たのも当然だった。食料だけでなくあらゆる物資が欠乏しており、『桃太郎 海の神兵』も『ファンタジア』のような潤沢な予算と人手で作られたわけではない。海軍から支給されたのは国内最後のセルロイドで、撮影が終わったセルは洗って何度も再利用された。こんな悪条件にもかかわらず技術レベルは驚くほど高い。動物たちの表情を始め、鯉のぼりや洗濯物が風に舞う様子など細部に至るまで動きは生き生きしている。

 タイトルから想像がつくように物語は桃太郎の鬼退治が下敷き。桃太郎が犬、猿、キジ、熊らの動物を指揮して南の島を騙し取った鬼を退治するのだが、もちろん、鬼は敵国の軍人で、「アジア解放」や「八紘一宇」という主題が巧みに盛り込まれている。しかし、そんな戦時色より、手塚治虫が感激した「叙情性と童心」のほうに目は行ってしまう。とくに水兵服の犬、猿、雉、熊が休暇で故郷へ帰ってくる冒頭のくだり。豊かな自然のなかで両親や兄弟と過ごす場面の長閑な雰囲気に心がなごむ。川に落ちた子猿をみんなで救うシーンもなかなかスリリングだ。

 ミュージカル仕立てにもなっていて、南の島で日本と現地の動物が交流する場面で使われる歌がまた楽しい。「アイウエオの歌」は耳に残る名曲だし、「驚き桃の木山椒の木」といった今や死語となりつつある歌詞も出てくる。寅さんだったら「ブリキに狸に蓄音機」と続くところである。こういう日本語ならではの語呂遊びやテンポはもっと大切にされるべきだと思う。ちなみに本作の作詞は『ちいさい秋みつけた』などの童謡でも知られる詩人、サトウハチローが担当している。

 素直で純朴な動物たちに比べ、ただ一人傲慢さを感じさせるのが、実は桃太郎だ。童顔で声は幼いのに、堂々とふんぞり返っている姿は、この時代の権力の象徴に見えなくもない。小津安二郎が『彼岸花』や『秋刀魚の味』の登場人物に言わせた「つまらないヤツが威張っていた」という戦争批判のセリフをつい思い出してしまう。瀬尾光世と小津安二郎。二人の戦争に対する視線は案外近かったような気がする。

文 米谷紳之介

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7月23日~29日ユーロスペースにて上映中!

上映時間21:00~
■トークショー
7月23日(土)上映後 <修復ビフォーアフターと、カンヌで経験した修復最前線> ゲスト:水戸遼平さん、中村謙介さん(株式会社IMAGICA)
7月24日(日)上映後 <『桃太郎 海の神兵』の特徴と成立の背景> ゲスト:冨田美香さん(東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員)
7月25日(月)上映後 <『桃太郎 海の神兵』と私> ゲスト:小野耕世さん(映画・漫画評論家)
7月26日(火)上映後 <実写とアニメの修復の違い> ゲスト:近森眞史さん(映像監修)、五十嵐真さん(松竹映像センター)
7月27日(水)上映後 <手塚治虫の観た『桃太郎 海の神兵』> ゲスト:黒沢哲哉さん(ライター・漫画編集者)
7月28日(木)上映後 <カンヌ映画祭の『桃太郎 海の神兵』> ゲスト:小松士恩さん(松竹 海外版権課)

 

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『桃太郎 海の神兵/くもとちゅうりっぷ』デジタル修復版

8月3日ブルーレイ発売!/¥4,700(+税) 発売・販売元:松竹

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