連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(6)」
おかしな人って飽きないから。
カテゴリ:コラム "銀幕を舞うコトバたち"
釣りの魅力を語るときに決まって引用される中国のことわざがある。
「1時間幸せになりたかったら、酒を飲みなさい。3日間幸せになりたかったら、結婚しなさい。8日間幸せになりたかったら、豚を殺して食べなさい。永遠に幸せになりたかったら、釣りを覚えなさい」
釣り人にとってはまことに都合のいいことわざなのだが、『釣りバカ日誌』シリーズの浜崎伝助ことハマちゃんと鈴木建設社長スーさんの、三度の飯より釣りが好きな様子を見ていると、釣りの経験がない人もなんとなく納得してしまうに違いない(渓流釣りを少々かじるぼくにはかなり説得力がある)。
しかし、ハマちゃん自身はこのことわざを肯定しないだろう。結婚が3日間の幸せに過ぎないものだと言ったら怒るはずだ。みち子さんなくして自分の幸せはないと思っているだろうし、夫婦の関係は釣りと同レベルの最優先事項のなだ。その二つに比べれば仕事の優先順位は限りなく低い。シリーズ第1作ではハマちゃんに対する人事部の査定は「業績C、勤務態度C、統率力C、向上心C、協調性A」だった。本作『釣りバカ日誌15』でも社長秘書に「札つきの不良社員」と酷評されるほどで、出世の見込みはゼロに等しい。
こんな夫を支え、見守るみち子さんが偉い。当初は石田えりが演じ、8作目(『釣りバカ日誌7』)から浅田美代子がバトンを引き継いでいるが、このシリーズで浅田美代子はほんとにいい女優になったと思う。
「みち子さん」の存在は、『フィールド・オブ・ドリームス』でケヴィン・コスナーが演じた主人公レイの妻アニー(エイミー・マディガン)に似ている。謎の“声”を聴いたという理由だけでトウモロコシ畑を潰し、貯金を使い果たしてまで野球場を作ろうとする夫を信じ、近隣の人々や親兄弟から白眼視されても意に介さない。それどころか、あなたのやりたいようにやりなさいと背中を押す。彼女の存在がなければ夫の想いは幻想のままで終わっただろう。
結婚は『釣りバカ』シリーズを通じた大きな主題であり、『釣りバカ日誌15』では小津安二郎の名作『麦秋』が劇中映画として使われている。そして、原節子が杉村春子とのやりとりのなかで結婚を決意する名場面が、吉行和子と江角マキコによってなぞられる。昔もそうだったし、今だってそう、結婚なんて直感と弾みでしていいんだよと言わんばかりのメッセージが気持ちいい。
ラスト近くで、江角マキコが結婚の先輩であるみち子さんにハマちゃんと一緒になったことへの後悔はないかと尋ねる。
「それがないの。へんよね。おかしな人と結婚しちゃったということだけはわかってるんだけど」
「じゃあ、おかしな人と結婚しても後悔するとは限らない?」
「そうね。おかしな人って飽きないから」
おかしな人を好むのは映画ファンも同じだ。本作のハマちゃんや『男はつらいよ』の寅さん。『フィールド・オブ・ドリームス』のケヴィン・コスナーだって十分におかしな人である。いずれの映画も何度観ても飽きない。
文 米谷紳之介
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4月16日(土)18:30~「花のお江戸の釣りバカ日誌」
4月30日(土)18:30~「釣りバカ日誌イレブン」