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小津安二郎生誕120年記念
第80回ヴェネチア国際映画祭『父ありき 4Kデジタル修復版』 ワールドプレミア上映レポート

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第80回ヴェネチア国際映画祭クラシック部門(ヴェニス・クラシックス)にて、小津安二郎監督作品『父ありき 4Kデジタル修復版』(1942年製作、英題:There Was a Father 4K Digitally Restored Version)ワールドプレミア上映が、9月6日(水)14:30~(※現地時間)に行われました。

ヴェニス・クラシックスは、2012年に設立されたヴェネチア国際映画祭の一部門で、過去1年間に復元されたクラシック作品の中から、特に優れた作品が選出されます。本年は『父ありき』に加え、『エクソシスト』(1973年、ウィリアム・フリードキン)や『天国の日々』(1978年、テレンス・マリック)、『ワン・フロム・ザ・ハート』(1982年、フランシス・フォード・コッポラ)などが選出。小津作品では『彼岸花』が2013年に、『お茶漬の味』が2017年に、『風の中の牝雞』が2022年に選出されて以来の通算4回目。生誕120年を迎える本年、第76回カンヌ国際映画祭『長屋紳士録 4Kデジタル修復版』に続く、世界三大映画祭クラシック部門2度目の出品となります。

また、現地では修復にあわせて新たに作成した海外向けポスターを披露。親子の深い絆をイメージして作成されたデザインは、現地でも大変好評を博しました。

『父ありき 4Kデジタル修復版』海外向けポスターと濱口竜介 監督

検閲で削られた部分を最大限復元し、オリジナル版に限りなく近くなった『父ありき 4Kデジタル修復版』は高い注目を集めており、ワールドプレミア上映に世界中の映画関係者が来場。熱気に溢れた上映会場となりました。上映前には松竹株式会社メディア事業部海外版権室の高川彩が登壇し、お客様を前に今回の修復について説明しました。

続いて、最新作『悪は存在しない』がコンペティション部門に選出されている、映画監督・濱口竜介さんがご登壇。『父ありき 4Kデジタル修復版』の作品紹介を行いました。


<4Kデジタル修復説明(松竹株式会社 メディア事業部 海外版権室 高川彩)>

小津安二郎が太平洋戦争中に発表した唯一の作品である『父ありき』は、厳しくも優しい父親と、そんな父を無条件に愛する息子との関係を描いた、心揺さぶられる作品です。本作は1942年4月1日に公開され、当時の上映時間は94分でした。敗戦後、新作の公開が無かったGHQの占領下で、『父ありき』は再び映画館で上映されました。GHQの検閲を受け7分がカットされ、上映時間は87分に短縮。これが現在松竹が所有している16mmマスターポジです。

1999年、戦前に公開されたと思われる35mmプリントがロシアで発見され、国立映画アーカイブへ里帰りしました。このプリントは72分の短縮版でしたが、松竹に現存するマスターポジにはないシーンが含まれていることが分かりました。

今回の修復では、松竹の16mmのマスターポジと国立映画アーカイブが所蔵する35mmプリントを4Kで映像をスキャン。音声に関してもデジタル変換し、それぞれを照らし合わせ、状態の良い物を優先しながら削られた部分を復元し、公開当時のオリジナル版に限りなく近い『父ありき』を目指しました。上映尺は92分となっています。


<濱口竜介 監督 『父ありき 4Kデジタル修復版』作品紹介>

ボンジョルノ!今日は小津安二郎監督の『父ありき』のご紹介をする大役をいただきました。

あまりにも身に余る仕事なので、より相応しい監督の言葉を紹介することから始めたいと思います。ご存じの方もいるかも知れませんが、吉田喜重監督という、小津と同じ松竹にいて、個人的な付き合いもあった方です。この方は非常に、日本の中でも最も優れた監督の一人だと思っておりますけども、国際的にはまだまだもっと相応しい名声を得るべき監督だとも思っています。残念ながら、昨年の12月に亡くなられたのですが、その方の「小津安二郎の反映画」という本から紹介します。『父ありき』の中の素晴らしい場面についてです。

 陽差しのみちあふれる渓流で、流し釣りをする父と息子。
 釣り糸を急流に投げかける、その反復の単調きわまる動作に、なぜかわれわれは魅せられる。
 そして反復の果てに起こるずれ。

 やがて成人した息子は、ふたたび年老いた父と流し釣りを試みる。
 そのとき無言のうちにあらわになるのは、過ぎ去った時間である。

これから作品をご覧いただくと、この短いコメントがどれだけ正確に、そのシーンの素晴らしさを描写したものかと分かっていただけると思います。吉田喜重監督がここで小津監督の最も美しい場面の一つを描写しながら、その特徴として語っているのは、反復とずれです。

それがどれだけ素晴らしい場面かというのは、実際にご覧いただくのが一番なので、これ以上この作品の中のことについては申し上げません。

この吉田監督が指摘した反復とずれという特徴は、実はこの『父ありき』の一つの作品に収まるものではなくて、小津のフィルモグラフィ全体に広がっているものです。これは「父と息子」の愛情の話です。ただ、もし小津の代表作である、1949年の『晩春』をご覧になっている方がいたら、これが『晩春』の「父と娘」の話の、ある原型になっている、オリジナルになっているということに気づかれると思います。

さらにこの「父と娘」の関係が、今度は1960年の『秋日和』になると「母と娘」の関係に転換されます。そして遺作、1963年の『秋刀魚の味』では、この「娘の結婚」という主題がまた反復されるわけです。

そして先ほど触れた渓流釣りの場面自体が、この映画の8年前、1934年の『浮草物語』の場面と全く同じような場面の反復になっています。そしてその『浮草物語』は1959年に『浮草』という、全く同じ物語のリメイクがなされます。そこにも釣りのシーンがあります。小津はフィルモグラフィを通じて、こういう似ているんだけど違うモチーフを、ひたすら反復使用していきます。

それが実際どんな意味があるのか。全くわからないです。この意味はわからない、でもその効果は、一応小津作品を観てきた人間として、はっきりと言うことができます。小津のフィルモグラフィの新たな一本を観る度に、それまで観た小津作品の姿というものが、変わっていきます。その一本に刺激されて、変わっていきます。その体験は、一度観たとしても全く終わることのない、無限に続くような体験です。

この小津のフィルモグラフィで起きていることは、実は小津の人生に起きていることと、とても良く似ています。今年は小津の生誕120年です。そして没後60年にもあたります。この60年という数字は、実は東洋の人間にとっては特別な意味を持っています。60年という時間は、ちょうど暦が一周する、そういう時間です。その60歳の誕生日というのは、新たに生まれ変わる日、新たに赤ん坊になる日、と言われています。小津はまさに、この60歳の誕生日に亡くなりました。新たに生き直すその日に、まさに新しい世界に旅立ったわけです。この小津の人生を思うと、小津のフィルモグラフィを観る時に起きる、無限の体験みたいなものとの相似に驚かざる負えない、動揺せざる負えないと思います。

小津の映画を観るということは、絶え間なく揺れ動くことです。この反復されるモチーフが、観ている観客の中で繋がり合って、刺激し合って、そしてそのモチーフが自分の中でまるでダンスを踊るように活性化されていきます。観客は小津を観ることによって、そのモチーフが踊りだすダンスフロアのような場になることができます。それがどれだけ刺激的で喜びに溢れていて、そして時には激しい畏怖を起こさせるものであるかは、体験していただくしかないと思います。

もし、今日はじめて小津をご覧になる方がいたら、この冒険へ出発することを祝福したいと思います。そして、もう何度も観ているという方も当然いると思います。そういう人には、一緒に旅を続けましょうと誘いかけたいと思います。先ほど紹介にあった通り『父ありき』の中には今までちゃんと観ることが出来なかった部分というのが含まれています。そのことがまた、小津作品の見え方を変えてくれると思います。もう一つだけ重要なことは、小津のこのフィルモグラフィ、実は20本くらい観られない映画があるということです。これらの映画が発見されることを心から願っています。その度に、小津の映画を観る体験が更新されていくと思います。その素晴らしい事態が起こることを祈って、ご紹介を終えさせていただきます。本当に楽しんでください。


濱口竜介

1978年生まれ、神奈川県出身。商業デビュー作品『寝ても覚めても』(18)がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出。ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した黒沢清監督作品『スパイの妻』(20)では共同脚本を手掛けた。『偶然と想像』(21)でベルリン国際映画祭審査員グランプリ(銀熊賞)を受賞。『ドライブ・マイ・カー』(21)では、カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞し、第94回アカデミー賞にて日本映画史上初となる作品賞にノミネートされたほか、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞の計4部門にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞した。最新作『悪は存在しない』(23)は、本年度のヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に出品されている。


<観客コメント>

●とても好きな作品でした!穏やかなストーリーだと思いました。4Kの修復も素晴らしく、修復作品を劇場で鑑賞するというスペシャルな体験ができて心から嬉しいです。小津監督は有名なので知っていましたが、作品を観たのは初めてです。この機会に恵まれてとても感謝しています。(中国人女性、20代)
●小津監督の作品は初めて見ましたが、とてもロマンティックで魅力的だと感じました。父親の息子への愛を感じて、一緒にいる姿がとても美しいと感じました。(イタリア人女性、60代)
●小津監督作品は初めて見ました!通常人間関係を描く時、相互のやり取りや沢山の言葉が交わされると思うのですが、驚くほどシンプルだと感じました。作品を見ながら自分の父親のことも思いました。(ポーランド人女性、20代)


<作品情報>
『父ありき 4Kデジタル修復版』/There Was a Father 4K Digitally Restored Version

監督:小津安二郎
脚本:池田忠雄、柳井隆雄、小津安二郎
出演:笠智衆、佐野周二、津田晴彦、佐分利信、坂本武、水戸光子、大塚正義、日守新一、西村青児、谷麗光、河原侃二
1942年公開作品 ©1942/2023 松竹株式会社
上映尺:92分

<4Kデジタル修復>
戦時下に製作され、当時の社会状況や戦争に関する言及がある小津安二郎監督作品『父ありき』の公開当時のオリジナル版は、本編尺が94分、フィルムの長さにして2588mと記録に残されております。戦後占領期の1945年再公開時にGHQの検閲によりオリジナル版から多くのシーンがカットされることとなり、松竹に残された原版素材(16㎜マスターポジ)は、本編尺が87分に短縮されたものでした。
今回の修復は、国立映画アーカイブと松竹の共同事業にて実施しました。 4Kデジタル修復(フル4K(4K解像度(4096× 3112)スキャン、4KDCP)では、松竹が所有する16mmマスターポジと、ロシアで新たに発見され、国立映画アーカイブが保管している35mmプリント(72分)の両方を4Kスキャン。双方の画と音を比較し、欠落している箇所を組み合わせ、1942年公開当時のオリジナル版に限りなく近い状態への修復を行いました。4Kデジタル修復しました本作の上映尺は92分です。
画像修復は、近森眞史キャメラマンに監修いただき、イマジカにて作業。音声修復は96kHz24bitでデジタイズし、電源、キャメラ、光学編集、ネガのキズや劣化等、様々な要因によるノイズ、レベルオーバーによる歪みを、原因に立ち返って類推し、清水和法さん監修のもと松竹映像センターにて修復。小津安二郎監督の製作意図を尊重して修復する事を主眼に作業しております。

<これまでにデジタル修復された小津作品ワールドプレミア上映>


小津安二郎公式WEBサイトhttps://www.cinemaclassics.jp/ozu/