松竹シネマクラシックス

  1. トップ
  2. 小津安二郎生誕120年 連載コラム「わたしのOZU」第7回「恐ろしい小津作品」―『東京暮色』 KAERU PRO 松田明大

小津安二郎生誕120年 連載コラム「わたしのOZU」第7回
「恐ろしい小津作品」―『東京暮色』 KAERU PRO 松田明大

カテゴリ:

小津安二郎生誕120年を記念した連載コラム「わたしのOZU」。
各界でご活躍されている著名人の方々にお好きな小津作品を1本選んでいただき、お好みのテーマを切り口とした作品紹介コメントをいただく企画です。

第7回は、KAERU PRO 松田明大さんの作品紹介です。

KAERU PRO 松田明大

「小津安二郎生誕120年企画」のロゴを手がけた、アーティスト・長場雄のマネージャーを2017年よりつとめる。映画が大好きで、年間300本以上を映画館で鑑賞している。長場雄韓国初の個展を2023年11月に開催予定。
https://nagaba.com/


「恐ろしい小津映画」―『東京暮色』

 小津安二郎が戦後に撮った作品の中でも例外的に陰鬱な雰囲気に満たされている映画は『東京暮色』ではないでしょうか。笠智衆演じる父親と、原節子、有馬稲子演じる姉妹の三人家族を中心に描かれたこの映画は、妻に蒸発された父親、甲斐性のない夫に疲れ実家に逃げるように帰ってきた姉、品行の良くない仲間と付き合ううちに子を身籠った末堕胎する妹、そして、小津映画で度々描かれる家族の離散の中でも特に凄惨なかたちで訪れるそれなど、暗いエピソードに満ちており、その物語が映画全体に陰鬱な雰囲気を纏わせているのはもちろんですが、『東京暮色』が私に強い印象を残したのは、ある場面が、暗さを超えて「恐ろしい」とまで思わせたからなのです。

 その場面は、有馬稲子が帰るあてもなく馴染みの支那そば屋を訪れ、身篭った子の父親と口論の末いたたまれなくなって飛び出すシーンの直前に訪れます。暗い夜に、その後の彼女の運命を暗示するように佇む踏切と、こちらを見据えるような二つの目に黒縁メガネが描かれた眼鏡屋の看板が光に照らされてぼうっと浮き出ているその場面は、どうしてこうも恐ろしいのか。踏切はその後の有馬稲子の行く末を示していることで、物語にかかわる怖さがありますが、金鳳堂眼鏡店と書かれた眼鏡屋の看板には彼女ら映画の中の人物をじっと見据えているような恐ろしさ、そして、スクリーンのこちら側で安心しきっている我々観客を映画自体が見返してくるバツの悪さ、映画を観る行為自体が揺さぶられるような恐ろしさがあるのかもしれません。

 しかし、いわずもがな小津映画の中で人物の視線が「こちら側」に向けられているのは多く見られることであり(眼鏡店の看板と同じくその視線はカメラから若干外されていますが)、決して特別な事態ではなかったことに思い立ち返ることになります。それは、突如訪れる「恐ろしい」場面がなにも『東京暮色』のみで描かれているわけではないのと同じことです。例えば『浮草』の若尾文子と川口浩が対峙するシーンで、顔が全く見えなくなるほど川口浩に異様なほど濃く落ちる影、例えば『父ありき』で、唐突に二度映される墓など、小津映画には一瞬困惑してしまうような「恐ろしい」場面が突如訪れることがあります。小津安二郎という名前が喚び起こす静謐な印象に反して、私たち観客を困惑させ、ざわつかせる場面に幾度となく出会わせてしまうのが私にとっての小津映画なのかもしれません。

松田 明大


『東京暮色』
監督:小津安二郎
脚本:野田高梧 小津安二郎
出演:原節子 有馬稲子 笠智衆 山田五十鈴
製作:1957年
作品詳細:https://www.cinemaclassics.jp/ozu/movie/2840/
配信:https://lnk.to/T-Boshoku
DVD(デジタル修復版)のご購入はコチラ
Blu-ray(デジタル修復版)のご購入はコチラ


小津安二郎公式WEBサイトhttps://www.cinemaclassics.jp/ozu/