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第79回ヴェネチア国際映画祭『風の中の牝雞 4Kデジタル修復版』ワールドプレミア上映レポート

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第79回ヴェネチア国際映画祭クラシック部門(ヴェニス・クラシックス)にて、小津監督戦後2作目の作品『風の中の牝雞(めんどり)』(1948年製作、英題:A Hen in the Wind)4Kデジタル修復版のワールドプレミア上映が、9月1日(木)17:30~(※現地時間)行われました。

ジャン・ルノワール、ピエル・パオロ・パゾリーニ、今村昌平、鈴木清順、エドワード・ヤンといった世界の映画史に名を遺す監督たちの作品に並んでの上映となり、小津安二郎監督作品のデジタル修復版が世界三大映画祭クラシック部門へ選出されるのは、2013 年のベルリン国際映画祭の『東京物語』以来8作目となります。

4Kデジタル修復を施された本編は、音声の修復によりセリフが聞き取りやすくなったほか、4Kスキャンし修復したことにより、室内の装飾や洋服の質感も以前よりはっきりと見ることができるようになりました。


また、現地では上映にあわせて海外版の新ポスターも初披露しました。
戦後まもない時期に製作され当時の日本が抱える厳しい現実に焦点を当て苦悩する女性の姿を描いた本作は、いわゆる“小津映画”とは一線を画す異色作として観るものに衝撃を与えて来ました。
小津監督作品後期の小津調のスタイルに到達する前夜の、感情がぶつかり合う描写は注目に値する一作となっており、新ポスタービジュアルはその世界観を大胆な色とレイアウトで表現しています。

上映が行われたのは、ヴェネチア映画祭会場で今年新たにオープンした、Sara Corinto。客席には、地元の一般の方など老若男女のお客様が集まる中、松竹株式会社メディア事業部海外版権室の小山室長より、上映前スピーチがありました。

上映前スピーチ概要
松竹はクラシック作品の修復作業を10年以上行ってきておりますが、作品の選定理由はその時々によって違います。今回は、「田中絹代」をキーワードに、来年生誕120年を迎える小津安二郎監督作品から田中絹代出演の本作を選定しました。

田中絹代は50年以上に及ぶ女優人生で200本以上の作品に出演した日本を代表する唯一無二の映画女優であると共に、女性監督がほとんど存在しなかった時代に商業映画を6本監督した日本映画界のパイオニア的存在です。我々は昨年、田中絹代監督作の『お吟さま』を修復し、他社と共に各地で特集上映を組むことで、この素晴らしい映画人にもう一度注目して頂きたいと思いました。
本作『風の中の牝雞』での彼女は、それまでの清純派女優から一変し、困難な状況を生き抜く母親としての凄まじい演技を披露しています。この作品一番の見どころです。

本作は、終戦の3年後、まだ日本が占領下にあった時代に公開された作品です。戦争が市井の人々の生活にどんな影響を与えるかを描いていて、戦争はその最中もその後も、戦場のみならず日常生活にまで不幸をもたらす、というテーマが根底にあります。図らずも現在の世界情勢を考えずにはいられないこの作品を、沢山の方々にご覧頂き、平和への一助になることを願っています。

会場に熱気があふれる中、上映がスタート。観終わった観客からは、ポジティブな感想が多々寄せられました。

観客コメント
・素晴らしい修復で、話の内容も心に残った。1940年代という、厳しい時代の日本を見るのはつらかったけれど、とても心に響く内容でした。小津らしくないバイオレンスが印象的。この作品は数年前に初めて見て、その時には「小津らしくない」という印象だけが残り、ほとんど話を覚えていなかったが、今回はとても響いた。小津はポーランドでも人気があるので、もっと見たい。(ポーランド人記者、40代)

・カメラワークなど、いつもの小津が健在のところもあったが、シリアスで厳しい内容はいつもの小津と違った。でもとても良かった。上映してくれて有難う。(イギリス人、30代男性)

・とても良かった。そんなに厳しいと思わなかった。日本人の友達がいるので、日本に興味があったが、古い日本映画を観るのは初めて。最近のアニメなどは見たことがあるが、全然違う印象だった。映画祭でやっている作品のどれとも違う印象。エンディングで夫が妻を許すのはとてもパワフルな終わり方だと思ったし、想像しない終わり方だった。ショッキングなシーンもあった。(3人のイタリア人大学生、20代男性)

・いつものように川沿いのシーンや美しい映像など、自分としては小津らしさが詰まっているように思った。ただ、まったく知られていない作品で、小津からは想像できない暴力的なシーンに驚いた。(MOMA映画キュレーター、Dave Kehr)

・映画学科の学生なので、小津はとても好きで、日本映画も良く見る。ボローニャのレトロスペクティブで田中絹代特集も見に行った。とても深い作品だった。小津作品は大好きなので、この作品を上映してくれて本当に嬉しい。(イタリア人学生、20代男性)

・小津作品は全て見ていると思っていたが、この作品は見たことがなかった。だが、とても感動的でとても小津らしい作品と思った。彼の作品に慣れている自分にとっては難しい作品ではなかった。自分は軽いタイプの小津作品より、厳しいテーマの作品の方が好き。(イタリア人、30代女性)

・階段落ちのシーンや、主人公が辛すぎるシーンでたまに笑いが起こっているのが理解できなかったが、隣のドイツ人の女性に聞いたら、あまりにも耐え忍びすぎてそれが彼らにとってはあり得ないレベルと感じられたので、笑うしかなかったのではないか、との意見だった。日本人の自分には理解が出来ない反応だった。自分としてはとても感動した作品だった。(日本人大学研究員、50代女性)

・1940年代の女性の役割や夫との関係性、日本が置かれた状況などが良くわかり、一番興味深く、重要なポイントだと思った。レストレーションが素晴らしく、まるで現代に作られた作品のようなクオリティだと思った。戦争が起こると女性が体を売るような状況になるのは、ベトナム戦争でもあったことだし、どこでもあり得る悲劇で、重要な部分だと思った。この作品の主人公は子供を救うために解決策を見出すという部分でとても強い女性だと思ったし、フェミニスト的な視点だと思った。昔の作品の女性像はファム・ファタールか弱々しいかの描写が多い中、この女性はとても強いと思う。すごく良い作品だった。(イタリア人大学院生、30代女性)

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来年の小津安二郎監督・生誕120周年の年を目前に、世界からも大きな注目を集める上映となりました。

風の中の牝雞 4Kデジタル修復版/A Hen in the Wind 4K Digitally Remastered Version
監督:小津安二郎
脚本:斎藤良輔/小津安二郎
出演:田中絹代/佐野周二/三宅邦子/笠智衆
製作年:1948年

<4Kデジタル修復について>
小津安二郎監督作品『風の中の牝雞 』の 35mm デュープネガをフル 4K(4K解像度( 4096× 3112 )スキャン、4 K デジタル修復、4KDCP )で修復。画像修復は、近森眞史キャメラマンに監修いただき、イマジカにて作業。音声修復は、35mm デュープネガから 96kHz24bit でデジタイズし、電源、キャメラ、光学編集、ネガのキズや劣化等、様々な要因によるノイズ、レベルオーバーによる歪みを、原因に立ち返って類推し、清水和法さん監修のもと松竹映像センターにて修復。小津安二郎監督の製作意図を尊重して修復する事を主眼に作業しております。なお本作は、国際交流基金の助成により修復いたしました。

<これまでにデジタル修復された小津作品ワールドプレミア上映>

小津安二郎 公式サイト
https://www.cinemaclassics.jp/ozu/