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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(24)」友情より犯人を挙げるほうが大切だと思うようになるんだ。刑事ってのはそんなもんなんだ。

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 野村芳太郎と言えば、まず頭に浮かぶのは『砂の器』を始めとする一連の松本清張原作の映画だろう。しかし、それは野村芳太郎という作家のごく一面でしかなく、サスペンスというジャンルだけに絞っても、清張もの以外にも見るべき秀作は多い。『左ききの狙撃者 東京湾』はまさにそんな一作で、野村にとって監督デビューから10年目となる1962年の作品。前年の清張もの『ゼロの焦点』と、翌年の渥美清主演の反戦映画『拝啓天皇陛下様』に挟まれていかにも地味な印象を与えるが、緊張感みなぎるサスペンスドラマに仕上がっている。

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 冒頭のシークエンスから一気に画面に引き込まれる。仰角で捉えたビルと工事の音にまぎれた銃声、ボンネットに空いた銃弾の穴、さらに即死した運転手、倒れた勢いで踏んだアクセルと、息つくひまのないカットを重ね、車は道路脇の標識に激突する。やがて狙撃した犯人は左ききであることが判明し、刑事たちによる繁華街や場末の飲み屋街を歩いて回る地道な捜査が始まるのだが、導入部の緊迫感はラストシーンまで失われることなく、物語は83分の上映時間をきびきびしたテンポで駆け抜けていく。

 野球にたとえれば、右中間を破った痛烈な打球がフェンスに当たって転々とする間に、バッターは快足を飛ばして三塁まで到達してしまったような映画とでも言えるだろうか。もう少し付け加えると、野球では派手なホームランより三塁打のほうがはるかに確率は低く、走者と守る野手が躍動する三塁打にこそ野球の醍醐味があるというファンは多い。もちろん、ぼくもそうだ。

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 追う側のベテラン刑事に西村晃、追われる狙撃犯に玉川伊佐男。偶然にも二人は戦地で九死に一生を得た戦友同士であり、両者の葛藤や悲哀といった心理はもちろん描かれる。さらに家族を顧みない刑事の不幸と悲哀。西村晃は諦念にも言葉を吐き捨てる。

「優秀だからいけないんだ。あいつだって、今に友情より犯人を挙げるほうが大切だと思うようになるんだ。刑事ってのはそんなもんなんだ」

 あいつとは相棒の若い刑事(石崎二郎)のことで、西村は妹(榊ひろみ)が自分と同じ道を歩むに違いないこの男と付き合うことを頑なに許そうとしない。しかし、こうした情緒や感傷の側に流されないのがこの映画の魅力であり、野村演出の凄味である。西村演じる刑事はまるで破滅に向かって突っ走っているようにも見え、終盤には狙撃犯との息を呑む攻防が待っている。

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 ところで、この映画に小津安二郎の影を感じると言ったら、牽強付会に過ぎるだろうか。まず企画が佐田啓二。佐田は『彼岸花』など晩年の小津作品の常連だっただけでなく、小津とは家族以上に親密な関係にあった松竹の看板スターである。さらに犯人の故郷として登場するのが尾道。事件について何も知らない犯人の妻(葵京子)は『東京物語』の舞台としてあまりに有名なこの地名を、夢でも見るような無邪気な顔で刑事に語る。

「尾道の海ってきれいなんですってねぇ。東京の海よりずっときれいなんですって」

 タイトルに東京と付く映画を5本も撮った小津だが、必ずしも東京を肯定的に描いてはいない。本作もタイトルバックで「大東京 人口一千万人のマンモス都市 この映画はその激しい生存競争の一コマである」とわざわざ断わり、空撮で東京のビル群や団地や湾岸地帯をとらえる。このセミ・ドキュメンタリータッチの冷徹な感触と、どの人物に肩入れするわけでもない沈着な眼差しが全編を貫いている。スター俳優がいないことがむしろ功を奏した、タイトに引き締まった出色の娯楽作である。

文 米谷紳之介


2025年から始動しました映画監督 野村芳太郎 再発見 & 再評価プロジェクト始動を記念しまして2019年野村芳太郎監督生誕100年に米谷紳之介さんにご執筆いただきましたコラムを再度、ご紹介してまいります。
日本映画史上の金字塔「砂の器」をはじめとする松本清張原作の映画化の数々で知られる 野村芳太郎監督(1919年4月23日-2005年4月8日)。 松竹映画で監督したその膨大なフィルモグラフィは重厚な社会派あり、スリリングなサスペンスあり、 上質な人間ドラマ、王道の人情喜劇、コント55号作品ありと、多岐のジャンルにわたります。 連載コラム『銀幕を舞うコトバたち』では、 松竹の名匠・野村芳太郎の作品群を複数回にわたり取り上げ、その全容に迫っていきます。

 

『左ききの狙撃者 東京湾作品情報は画像をクリック

 

▼野村芳太郎監督公式サイト▼