連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(17)」
やさしいのかしら。残酷なのかしら。
人に使われて静かに死のうとしているものをむりやり生き返らせるわけでしょ？

2017/5/15

映画は死者の饗宴なのだと思うことがある。

20年、30年も前の映画なら、出演俳優がもうこの世にいなくて少しも不思議でないのだけれど、それでも自分と同じ時代を生きた、しかも贔屓にしていた役者の姿を見ると、ちょっと感傷的にさせられる。『時代屋の女房』はまさにそんな作品。まず今年３月に訃報に接した渡瀬恒彦がいる。高校の頃からずっと好きだった。そして、ヒロインの夏目雅子。この映画の２年後に27歳の若さで亡くなっている。ぼくとは同い年で、もし生きていれば今年還暦を迎える。どんな大女優になっていただろうと、つい想像してしまう。

原作は村松友視が直木賞を受賞した同名小説。監督はこのとき古巣の松竹に戻って６年ぶりにメガホンをとった森崎東。物語は、ある日、公園で拾ったという猫を抱いた夏目雅子がパラソルをクルクル回し、ふらりと骨董屋にやってくるところから始まる。その店名が『時代屋』。店主が渡瀬恒彦である。夏目が演じる女は「真弓」という名前以外は何も教えない。仲間から「安さん」の名で親しまれる男（渡瀬）もそれ以上のことを聞こうとはせず、真弓はそのまま安さんのもとに居ついてしまう。まるで野良猫のように。

　こう書いていると、われながらひどく浮世離れした女性のような気がしてくるのだが、演じる夏目が少しも違和感を抱かせない。彼女が女優として本質的に持っている天真爛漫な個性が真弓という猫のような役柄に血を通わせ、さわやかな気品さえ感じさせてくれるのだ。しかもこの猫、居ついたかと思うと、ときどきふらっとどこかへ消えてしまう。

　一方、自由気ままな真弓に気をもみ、彼女を探す旅にも出るのが安さんだ。仕事のほうも、仕入れた品物の過去に関わることになったりして、なんだか骨董商というより場末の私立探偵のように見える。安さんの仕事を手伝う真弓がうまいことを言う。

「私たち、やさしいのかしら。それとも残酷なのかしら。人に使われて静かに死のうとしているものをむりやり生き返らせて、もう一度人に使われるようにしちゃうわけでしょ？」

　渡瀬恒彦のファンにはおそらく２つのタイプがいる。ひとつは『暴走パニック大激突』や『狂った野獣』といった東映の活劇において、狂犬のような存在感で観客を圧倒していた頃のファン。空手有段者の実力などから芸能界一の武闘派の噂もささやかれ、安部譲二も日本で一番ヤクザが似合う俳優だと認めていたはずである。もう一つの渡瀬ファンはこの時代をほとんど知らず、テレビで見せる‶十津川警部″や‶おみやさん″の、酸いも甘いも知り尽くした渋い中年男の魅力に惹かれるタイプである。

　『時代屋の女房』は渡瀬恒彦のキャリアにおいて過渡期の作品にあたり、ちょうど二つのイメージが重なり合った役どころとも言えそうだ。人のいい安さんにただの骨董屋には収まらない危険な匂いがするのも渡瀬が演じるからである。今さらながら渡瀬と夏目のコンビは絶妙のキャスティングだったと思う。

　真弓が消えてしばらくした頃、安さんは彼女に似た女性（夏目の一人二役）と一夜をともにしてしまう。翌日、故郷に帰る彼女のたっての願いを聞き入れ、駅まで見送り、手を振ってホームを走る役目を演じる。このとき、ぶっきらぼうな表情で、品川駅のホームをサンダル履きで全力疾走する渡瀬の姿がいい。行きがかり上、やっかいな事件に顔を突っ込んで、いつのまにか深入りしてしまった私立探偵そのもの。和製フィリップ・マーロウにも見える瞬間だ。

　かなり以前、渡瀬恒彦を取材した際、出演作のなかで一番の自信作について訊ねると、少し考えてから、「次に出るやつですかね」という答えが返ってきた。少年のようなはにかんだ笑顔と、あの少し鼻にかかった甘い声が忘れられない。