【連載】多彩なる多才のアルチザン 映画監督・野村芳太郎 「増補新版 映画の匠 野村芳太郎」編者・田中ひろこさんの特別寄稿
【はじめに】
2025年4月より始動した、野村芳太郎監督の「再発見&再評価」プロジェクト。本連載では、野村監督の多面的な魅力や作品の深層に迫るトピックスを定期的にお届けしています
【今回のテーマ】
今回は、草思社より刊行される『増補新版 映画の匠 野村芳太郎』の編者・田中ひろこさんによるコラムをご紹介します。新たに明かされるファミリーヒストリーや戦争体験、そして単なる「職人監督」にとどまらない“松竹の本流”としての野村芳太郎像――。
現在新作も公開し話題の『八つ墓村』やラピュタ阿佐ヶ谷での特集上映など、この秋に野村映画をより深く堪能するための必読のコラムです。
野村芳太郎・著『増補新版 映画の匠 野村芳太郎』刊行について
文/田中ひろこ
なぜ、いま「野村芳太郎」なのか
2020年、ワイズ出版から『映画の匠 野村芳太郎』を刊行しました。これまで数多くの映画監督の本を手がけてきた出版社からの刊行ということもあり、おかげさまで多くの方に手に取っていただき、キネマ旬報「映画本大賞」では第1位に選んでいただきました。
本書が生まれたきっかけは、故・野村芳太郎監督が自ら全作品について回想した書き下ろしのノートが見つかったことでした。
編者の小林淳さんが、野村芳太郎監督のご長男・野村芳樹さんとの出会いをきっかけに、遺された資料を見せてもらっている中で発見されたもので、それはまさに映画のような出来事でした。
その貴重なノートを軸に、野村芳太郎という映画監督とその作品をさまざまな資料から掘り下げ、一冊に編み上げたのが、2020年の旧版『映画の匠 野村芳太郎』です。

それから6年。
今回、版元を草思社に変え、『増補新版 映画の匠 野村芳太郎』として、もう一度世に送り出せることになりました。
では、なぜいま、野村芳太郎なのか。
それは、この6年間に、野村芳太郎をめぐる状況が変わったからです。
6年間で変わった「野村芳太郎」の見え方
旧版の刊行後、本書を読んでくださった方々から、さまざまなご意見や感想をいただきました。
なかでも私が嬉しかったのは、松竹株式会社で旧作をご担当されている方が、本書をひとつのきっかけに野村芳太郎監督の仕事をあらためて見直してくださったことです。
そして2025年4月から、野村芳太郎監督の「再発見・再評価」を目的としたプロジェクトが松竹で開始されてました。
一冊の映画本からこうした動きにつながったことは、映画の本を作る仕事をしてきた私にとっても初めての経験です。
この過程で、松竹のみなさまが自社の作品を大切にされ、そして誇りに思っておられることを強く感じ、大変感銘を受けました。
だからこそ私も、この機会にあらためて、野村芳太郎という映画監督を、より多くの方に知っていただきたいと思ったのです。
記憶と記録の継承
そこで、日頃お世話になっている草思社の編集者・木谷さんに、野村芳太郎の本を復活できないかと相談したところ、
「あの本は、松竹にとって野村芳太郎がいかに重要な人物かがわかる貴重な本」
との評価をいただき、刊行を引き受けていただくことになりました。
2025年12月、そのことを監修者である野村芳樹さんに電話でご報告しました。芳樹さんは大変喜んでくださり、翌年から本格的に準備を進めることをお伝えしていました。
しかし、2026年2月、芳樹さんは突然亡くなられました。
芳樹さんは、野村芳太郎監督のご長男であり、松竹のプロデューサーとして映画の現場を支えてこられた方です。
旧版を作った際には、たくさんのお話をうかがい、さまざまな方を紹介していただいたほか、資料の面でも大きなご協力をいただきました。
今回の増補新版では、芳樹さんのご遺志を引き継がれたご家族から、新たな資料や記憶を受け取ることができました。
さらにご家族から、野村監督の会社「プロダクションクラップボード」に所属されていた、野村監督の弟子である檜木田正史さんをご紹介いただき、野村監督の晩年のご様子をうかがったり、貴重な資料をご提供いただきました。
関わる人が変われば、同じ歴史を見ても視座は変わります。
新たに集まった資料を前に、「いま何を残すべきなのか」を編者の小林淳さんと話し合いながら、増補新版の準備を進めていきました。
映画史を調べるということは、フィルムや文献だけを追うことではありません。
映画を作った人、映画を支えた人、その人たちを知る人、そしてその記憶を次の世代へ渡す人……、そうした多くの人の記憶や仕事が重なって、一冊の映画本は完成します。
「野村芳太郎」を、もっと知るために
これまで野村監督は、自分自身について、また自作について、あまり多くを語ってきた人ではありませんでした。そのため、監督本人の言葉によって作品を振り返ることのできる旧版は、野村芳太郎という映画人の全体像を知るうえで、非常に貴重な資料本となりました。
今回の増補新版では、そこに新たな野村監督の戦争体験に関するインタビューとコラム、そしてファミリーヒストリーを加えました。
野村芳太郎は、松竹蒲田撮影所の中に家があるという、映画人としては極めて特殊な環境に生まれ育ちました。常に映画界の大人たちに囲まれ、映画そのものを身近に感じながら成長した一方で、父を早くに亡くし、自身も戦争に召集され、青春期の約5年間を戦地で過ごしています。その間には、母・かねも亡くなりました。
映画に囲まれて育ちながら、自分の家族と映画との関わりを直接知ることのできないまま、戦後、映画監督として歩み始めたのです。
また野村監督は、祖父や父について、さまざまな関係者に尋ね、独自に調べていました。その調査の形跡が、遺品の中に残されていたことも確認しました。
こうして野村監督の人生をたどると、戦争体験は、生涯切り離すことのできないものだったのではないかと思います。
戦地を経験したからこそ語れる、野村監督の記憶。
それを野村作品と照らし合わせることで、野村芳太郎の映画が、これまでとはまた違って見えてくるはずです。

今回の装丁には、渥美清主演作『拝啓天皇陛下様』の写真を採用しました。野村芳太郎監督による162頁の『拝啓天皇陛下様』と296頁の「私の一作――『拝啓天皇陛下様』」の文章と、小林さんによるあとがき(526頁)をお読みいただければ、その意図もご理解いただけると思います。ぜひ、あわせてご一読ください。
四代にわたる映画一家
野村芳太郎監督の祖父は、江戸時代末期から明治にかけて活躍した絵師の二代目・野村芳圀です。
芳圀は、京都の実業家・稲畑勝太郎が1987年にフランスから持ち帰った「シネマトグラフ」の日本での興行に深く携わった人物でした。
野村家と日本映画との関わりは、日本に映画が伝来した時代にまでつながっていたのです。(あのマキノ一家より早かったのではないでしょうか!?)
そして1920年、松竹が映画事業へ本格的に進出し、「松竹キネマ合名社」を創立したとき、その中枢にいたのが芳圀の息子、野村芳亭でした。
芳亭はやがて、当時の日本映画を代表する映画監督となります。
なぜ芳亭は、松竹映画の創成期にその位置にいたのか。
監督になる以前、何をしていたのか。
その背景を辿ると、野村家という一つの映画一家の歴史だけでなく、日本映画の黎明期と松竹の成立を同時に見ていくことができます。
そして野村芳太郎、野村芳樹と四代にわたって映画と関わった野村家を辿れば、松竹の歴史を一望できるわけです。
「職人監督」だけではない
野村芳太郎について語るとき、「職人監督」という言葉がよく使われます。
確かに、野村監督は会社から求められる作品を数多く手がけ、松竹の映画製作を長年にわたって支えてきました。
しかし、野村芳太郎という人を、単に「与えられた仕事をきちんと仕上げる職人監督」と捉えるのは、私は少し違うと思います。
とりわけ1970年代後半から80年代半ばにかけて、野村監督が描いた女性たちを見ていると、そのことを強く感じます。

『ゼロの焦点』撮影現場にて
戦争を直接知らない世代が社会の中心になっていく一方で、野村映画には、戦争の記憶を引きずりながらも、自分自身の人生を生きようとする強い女性たちが登場します。
「女性映画といえば松竹」というイメージは、長く日本映画のなかにありました。
その伝統を受け継ぎながら、野村監督は時代の変化のなかで、女性たちの生き方を描き続けました。
それは、野村監督が松竹らしさを受け継いでいたことの一つの表れではないでしょうか。
松竹の本流・野村芳太郎
本書制作にあたり、野村芳太郎を調べていると、松竹が歩んできた歴史が見えてきました。
日本映画がどのように始まり、どのように発展し、戦争を経て、戦後の映画産業を築いていったのかという、日本映画史そのものも見えてきました。
映画産業そのものが斜陽化し、「松竹ヌーベルヴァーグ」の若い才能が会社を離れていった時代にも、野村芳太郎は松竹に残ることを選び、さまざまな要望に応えながら映画を作り続けました。
これを「会社に忠実だった」という一言で片づけることはできません。
だからこそ私は、野村芳太郎を「職人監督」という言葉だけで括るのではなく、いま改めて、「松竹の本流」を担った映画人として捉え直してみてもよいのではないかと思います。
「増補新版 映画の匠 野村芳太郎」ご購入はこちら
https://www.soshisha.com/book_search/detail/1_2862.html
この秋、野村芳太郎映画を堪能しましょう!
10月18日から年末まで、東京の名画座・ラピュタ阿佐ヶ谷にて、「野村芳太郎監督特集」も始まります。これまで滅多に上映の機会がなかった貴重なフィルムが多数上映されるそうです。
https://www.laputa-jp.com/laputa/program/nomurayoshitaro/

『張込み』(1958年)
さらに、新旧の『八つ墓村』も随時全国で上映されます。
この秋、野村芳太郎映画を堪能していただくために、本書がその一助となれば幸いです。
最後に、本書制作にあたりお世話になったすべての方に、心より感謝申し上げます。
そして、旧版と今回の新刊を手に取ってくださった読者の皆さまにも、この場を借りて御礼申し上げます。
<プロフィール>
田中ひろこ
書籍編集者、デザイナー、企画。1979年、京都府生まれ。
ワイズ出版で102冊の映画関連書の編集に携わったほか、草思社で以下の本の編集・デザインを手掛ける。
『ゴダール/映画誌』(2024:山田宏一著)、『木久扇の昭和芸能史』(2024:林家木久扇、林家たけ平共著)、『占領下の日本 カラーフィルム写真集』(2025:衣川太一著)、『「小津安二郎に憑かれた男」の映画案内 田中眞澄・映画コラム傑作選』(2025:田中眞澄著、平山周吉編)、『山田宏一のとっておき二本立て映画館』(2026:山田宏一著)。











