男はつらいよ

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寅さんの旅 第五回 寅さんとリリー、心の旅路

「男はつらいよ」シリーズを彩ったマドンナは、美しい女優たちが演じました。今、振り返っても百花繚乱、昭和40年代から60年代にかけて、日本映画女優史といっても過言ではありません。

誰しもお気に入りのマドンナはおられると思います。大好きな女優さんだったり、寅さんとの相性や、寅さんへの思いから「このマドンナが好きだ」という思い入れがあると思います。

あるとき、倍賞千恵子さんと話をしていて、やはり一番印象に残っているのは、浅丘ルリ子さん演じる放浪の歌姫リリーではないかと伺いました。それは僕も同感です。

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第11作『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』で北海道は網走へ向かう夜汽車で、涙を流していたひとり旅の女性に、ふと目をやる寅さん。翌日、網走橋のたもとでレコードを売っている寅さんに「さっぱり売れないじゃないか」と声をかけたのは、その夜汽車の女性。寅さんは、旅から旅のドサ回りのレコード歌手、リリーとしばし会話をして、心を通わせます。

リリーは自分たちの暮らしは「あってもなくてもどうでもいいみたいな、つまりさ、アブクみたいなもんだね」と呟きます。寅さんは、そのアブクをお風呂のおならみたいなもんだといって、二人は笑います。その瞬間、二人の孤独は癒されるような気がします。

倍賞千恵子さんは、このシーンが大好きだと、懐かしそうに語ってくれました。

寅さんも孤独な旅人です。網走橋での出会いの後、宵闇迫る海岸に佇んでいます。向こうに見えるのは、網走港内にある「帽子岩」です。アイヌが網走の守り神にしていた岩です。高羽哲夫キャメラマンが捉えた、ロングショットは、寅さんの心象風景のようであり、僕たちは寅さんの孤独に触れたように感じます。

 

次に寅さんとリリーが再会したのは、二年後の夏、第15作『男はつらいよ 寅次郎相合傘』。夏の北海道は函館でした。寅さんは、仕事に疲れたサラリーマン、パパこと兵頭謙次郎(船越英二)と旅の途中でした。それにリリーが加わって、室蘭、札幌へと楽しい旅が続きます。

札幌では大通り公園で、寅さんたちは万年筆の啖呵売をします。兵頭パパが倒産した万年筆工場の元社員で、退職金がわりの万年筆を不器用に売っています。そこへ寅さんとリリーの、セレブを気取った夫婦が来て買うと、他のお客さんも釣られて、つい買ってしまいます。

これは寅さんの世界で言う「泣き売」です。寅さんとリリーがさくら役。ほどほどに儲かった三人が馬車に乗って、大笑いしている様は、何度見ても楽しく、この幸福な時間がいつまでも続けばいいのに、と思ってしまいます。

第25作『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』では、南国沖縄で病に伏せっているリリーのために、寅さんは苦手な飛行機に乗って飛んで行きます。病院があるのは那覇市首里石嶺町。遠い南の国で、心細い思いをしていた、この時のリリーの嬉しさを想像するだけで、僕たちの心まで暖かくしてくれます。

退院したリリーのために、寅さんは本部の浜崎港にほど近い民家の離れを借りて、二人はしばしそこで暮らします。

北海道で出会った二人が、その後、いろいろあって、いまは睦まじい日々をすごしている・・・。このシリーズを見続けてきて良かったなぁと、しみじみ思います。

山本直純さんのリリーのテーマも、第11作と第15作と、この第25作では違います。「北国のリリー」と「南国のリリー」それぞれ味わい深いです。音楽がキャラクターに寄り添っている。いずれも映画音楽の素晴らしさを実感できる名曲です。

 

そして15年の歳月が流れます。リリーはどうしているのだろうか? ファンはずっと思い続けていました。寅さんは人生の旅を続け、満男は大人になり、さくらも心の片隅では「お兄ちゃんに落ち着いてほしい」と思いながら歳月を重ねてきたと思います。

第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』で描かれた、寅さんとリリーの「その後」こそ、ぼくたちの「夢」でもありました。満男が泉の結婚式をぶちこわして、失意のまま奄美群島加計呂麻島へとやって来ます。

目的もなく旅をしている満男に「ちょっと、どこまで行くのお兄さん」とリリーが声をかけ、とりあえずカレーライスをごちそうします。困っている人がいたら黙っていられない。

リリーもまた寅さん同様、苦労人ゆえに、まずは行動してしまいます。そして、リリーが満男を連れて、家に帰ると、そこには寅さんがいた。というこれもまた「夢」のような展開です。

そこからは映画をご覧いただくとして、長い人生の旅を続けて来た、寅さんとリリーのその後は、ファンにとって、このシリーズが好きで良かったと思わせてくれます。

1969(昭和44)年から1995(平成7)年にかけての26年間、48作を重ねてきた「男はつらいよ」シリーズは、こうしてフィナーレを迎えましたが、ぼくたちは、第1作から第48作までを繰り返し、味わう楽しみがあるのです。

文 佐藤利明(娯楽映画研究家)