連載コラム「OZU活のすすめ」第16回 ~博物館 明治村編 小津安二郎ゆかりの名建築を巡る~
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皆さまこんにちは。OZU活のすすめ第16回は、愛知県犬山市にある「博物館 明治村」をご紹介します。2025年に開村60周年を迎えた明治村は、明治時代を中心とした歴史的建造物を移築し、保存・展示する野外博物館です。
明治維新と共に訪れた近代化の波は、日本の建築に大きな影響を与えました。西欧の最新技術を導入した鉄道や官営工場を始め、洋風の様式や機能を取り入れた公共施設、意匠を凝らした商業建築や邸宅が数多く建設されました。

時代と共に失われゆく貴重な建築を惜しみ、国内外から明治村に移築された建造物の数は60以上にも及びます。自然豊かな丘陵地を活かした村内にはSLや市電が走り、美しい庭園や植樹が整備されています。花々や紅葉が織りなす四季の移ろいと歴史的建造物が調和する明治村ならではの風景は、開村以来多くの来村者を魅了し続けています。
明治村に小津監督ゆかりの建造物があるのをご存知でしょうか。今回は明治村を散策しながら、小津監督ゆかりの名建築をご紹介します。

まずは明治村4丁目46番地にある「宇治山田郵便局舎」を訪れました。円形の中央棟の両脇に角塔が配置された、優美なシンメトリーのデザインが特徴的です。鮮やかな緑色の外壁は明治42年の創業当時に塗られた色に復しています。

宇治山田郵便局舎は明治42年、山田郵便局として三重県伊勢市に創業しました。伊勢神宮外宮の参道と内宮へ向かう御幸通りが交わる交差点にあり、中央棟の両脇に伸びるV字型の翼屋は角地を活かした設計であったことが分かります。伊勢地方には一年を通して玄関にしめ縄を飾る風習があり、正面入口には旧所在地に因んでしめ縄が架けられています。
中学時代を伊勢市で過ごした小津監督の日記に山田郵便局の名が記されており、寄宿舎生活の中で郵便局を利用していたことが分かります。
大正7年9月8日(日)晴 涼
―略―
朝 池部 木下と山田郵便局に行く
後球のほりやいをした

中央棟の正面入口を入ると「公衆室」と呼ばれる円形ホールがあります。ドーム状の天井には彩光用の高窓が設けられ、局舎内に優しい自然光が降り注ぎます。放射状に敷かれた床石を進むと、公衆室の外周に沿って手続き用の窓口や私書箱が並んでいます。

円形の公衆室に合わせ、木製カウンターや私書箱の表面はゆるやかな曲線を描いて造られています。小津監督もこの窓口で親元に送るハガキや切手を購入したのではないでしょうか。

宇治山田郵便局舎内には「博物館明治村簡易郵便局」があり、現在も窓口業務が行われています。局舎前にある「黒塗りポスト」に手紙を投函すると、明治村オリジナルの消印が捺印されますよ。また、手紙に書いた住所宛に10年後に手紙が届く「はあとふるレター」の受付も行っています。OZU活の記念に未来の自分やご家族に宛てて手紙を書いてみるのも素敵ですね。

次に訪れたのは明治村1丁目5番地にある「赤坂離宮正門哨舎」です。赤坂離宮(現迎賓館)は明治41年竣工。当時皇太子だった大正天皇の東宮御所として建てられました。

赤坂離宮正門の内外には、警備のために4基の哨舎が設置されました。明治村にはその内の1基が移築されています。八角形の哨舎にはアーチ型の出入口と丸い小窓が設けられています。装飾をのせた銅板葺きの丸屋根は、ネオ・バロック様式の赤坂離宮と調和する洗練されたデザインとなっています。

昭和27年公開の『お茶漬の味』は、結婚以来心の通い合いがなかった夫婦が、夫の海外出張を機に絆を深めるストーリーです。夫の茂吉を佐分利信さん、妻の妙子を小暮実千代さんが演じました。旅立ちの日の深夜、飛行機が故障して思いがけず茂吉が帰宅します。差し向かいでお茶漬を食べながら、妙子は初めて素直な心で茂吉と向き合います。台所でお茶漬を用意しながら、2人の心が徐々に重なっていく様子には静かな感動を覚えます。

『お茶漬の味』に登場する茂吉の親友の弟・ノンちゃんと、妙子の姪・節子さん。演じる鶴田浩二さんと津島恵子さんが歩くのは赤坂離宮前の歩道です。

哨舎に出たり入ったり、追いかけっこをしながら遠ざかる後ろ姿を見送って映画は終わります。2人の明るい未来を予感させる爽やかなラストシーンです。小津監督の日記によると、赤坂離宮での撮影は昭和27年8月23日。明治村に移築されているのが『お茶漬の味』の撮影に使われた哨舎だったら素敵ですね。

最後に訪れたのは明治村5丁目67番地。20世紀を代表する建築家フランク・ロイド・ライトによって設計された「帝国ホテル中央玄関」(以下「ライト館」とする)です。
帝国ホテルは明治23年、日本初の本格的な洋式ホテルとして誕生しました。大正8年から4年もの歳月をかけて完成した新館(ライト館)は、栃木県産の大谷石とレンガやテラコッタを複雑に組み合わせた独創的な佇まいです。昭和43年に解体の後、昭和51年に中央玄関部分が明治村に移築されました。

館内に入り落ち着いた雰囲気のエントランスを抜けると、3階まで吹き抜けのメインロビーが広がります。エントランスの天井はロビーの全容を遮るように低く設計されています。大階段を上ると、目の前に現れる空間に圧倒されることでしょう。

彫刻を施した大谷石やスクラッチレンガ、透しテラコッタなど多彩な幾何学模様がロビーを装飾し、吹き抜けを貫く「光の龍柱」からは、テラコッタを透かして温かい光が溢れていました。3階の窓からは柔らかい自然光がロビーに降り注ぎ、浮かび上がる陰影は影絵のような美しさです。

帝国ホテルでは映画界の授賞式やパーティーが数多く行われました。小津監督の日記に初めて帝国ホテルの名が登場するのは、昭和9年1月30日。雑誌「キング」の座談会に参加した時です。この座談会の様子はキング昭和9年4月号に「映画監督打明け話座談会」として掲載され、小津監督はスターになる人の素質や映画制作で苦心する点等について語っています。

昭和30年4月18日には、帝国ホテルで行われたアメリカの映画監督ウィリアム・ワイラーを囲むカクテルパーティーに参加しています。『嵐が丘』や『ローマの休日』で知られるウィリアム・ワイラーは、生涯に3度のアカデミー賞に輝いた映画界の巨匠です。4月18日に来日したワイラー監督は2週間程日本に滞在し、京都や奈良を訪れました。
小津監督は第二次大戦中の昭和18年、軍報道部映画班員として南方に派遣され、シンガポールに滞在しました。滞在中は報道部の検閲試写室で、日本軍が接収した大量のアメリカ映画を鑑賞しました。中でも『嵐ヶ丘』や『偽りの花園』など、ワイラー作品に大変感銘を受けたことを語っています。インタビューで好きな海外の映画監督を聞かれた際は、必ずウィリアム・ワイラーの名を挙げており、ワイラー作品が日本で公開されると、試写会や映画館に足を運び鑑賞していたことが日記から窺えます。

現在では広く親しまれている「ホテルウエディング」を日本で初めて行ったのは帝国ホテルでした。ライト館の落成披露は大正12年9月1日。奇しくも関東地方に大きな被害をもたらした関東大震災の当日でした。震災で多くの神社が焼失したことから、帝国ホテルは館内に神社を設置し、挙式と披露宴をホテルで行う、新しい結婚スタイルを誕生させたのです。
小津作品に出演した俳優陣にも、人生最良の日を帝国ホテルで迎えた方々がいらっしゃいます。 『彼岸花』『お早よう』『秋刀魚の味』に出演した佐田啓二さん。『早春』『東京暮色』『彼岸花』に出演した高橋貞二さん。『浮草』に出演した若尾文子さん。帝国ホテルで行われた挙式や披露宴に、小津監督はいずれも参列しています。『浮草』に出演した川口浩さんの結婚式は、蓼科で『秋日和』の脚本を執筆中だったため参列が叶わず、帝国ホテルに祝電を送ってお祝しています。

メインロビーからラウンジを経て2階へ続く階段をぜひ上ってみてください。フロア毎に床や天井の高さが変化する変幻自在な設計は、訪れる者の心を弾ませてくれます。2階のティーバルコニーに設けられた「帝国ホテル喫茶室」では、ホテル内の空間とサンデッキ越しに広がる明治村の風景を堪能しながらお茶をいただくことができます。

季節限定のリンゴ入りアップルティーと、帝国ホテルのチョコレートがセットになったコーヒーをお願いしました。(※現在は販売しておりません。)カップアンドソーサーは、フランク・ロイド・ライトが帝国ホテルのためにデザインしたテーブルウェアを復刻したもの。館内にはライトがデザインし、実際にホテルで使用された椅子や食器類も展示されています。
名建築に酔いしれるOZU活、如何だったでしょうか。明治村では明治時代風の衣装体験、明治のレシピをアレンジしたグルメなども楽しめます。映画、文学、音楽など様々な切り口で散策をしてみると、新たな驚きと感動に出会えるかもしれません。
※山田郵便局の写真は筆者私物の絵葉書より掲載
※日記文引用「小津安二郎松阪日記」
文:ごとう ゆうこ

https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/culture-info/ozuyasujirou.html

登場する女性陣のファッションも素敵な『お茶漬の味』の情報はこちら
https://www.cinemaclassics.jp/ozu/movie/2858/
小津安二郎監督公式サイトはこちら
https://www.cinemaclassics.jp/ozu/












