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息子の青春
原作:林房雄
脚色:中村定郎
撮影:高村倉太郎
音楽:木下忠司
美術:中村公彦
出演:三宅邦子、北龍二、石浜朗、小園蓉子、笠智衆
1952/モノクロ/45分/スタンダードサイズ/松竹大船
© 1952 松竹株式会社
小説家の越智英夫には二人の息子がいる。18歳のおしゃれな長男・春彦には、最近ガールフレンドができたばかり。一方、質実剛健の次男・秋彦は不良まがいの幸一と付き合い、やがて喧嘩で警察のご厄介になってしまい……。
小林正樹の記念すべき監督デビュー作。当時の松竹はSP(Sister Picture)と呼ばれる中編作品を制作しており、林房雄の家庭小説『ガールフレンド』を原作とする本作もその1本である。
木下惠介監督の助監督として長年木下組を支えてきた小林らしく、木下映画の明朗快活さに倣った初々しいタッチで全編貫かれているが、その奥には太平洋戦争開始直後に応召され、4年以上の軍隊生活を強いられた彼ならではの、ようやく平和が訪れた戦後日本の若者たちの青春を祝福するかのような想いも感じられてならない。
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まごころ
脚本:木下惠介
撮影:森田俊保
音楽:木下忠司
美術:平高主計
出演:田中絹代、 津島惠子、高橋貞二、石浜朗、三橋達也、淡路惠子、野添ひとみ
1953/モノクロ/95分/スタンダードサイズ/松竹大船
© 1953 松竹株式会社
大学入試を控える弘は、自分の部屋の真向かいの安アパートに引っ越してきた少女ふみ子に心を奪われる。ふみ子は胸を病んでおり、彼女の療養費を父に工面してもらうべく、弘は入試合格を約束して猛勉強を始めるのだが……。
52年のSP『息子の青春』を初演出してその力量が認められた小林は、翌53年、師匠・木下惠介の脚本(木下は当時の小林の演出を、「梶井基次郎『檸檬』のレモン色のように、胸に沁みる新鮮さ」と評している)を得て、初長編たる本作を演出。脇を固める又従姉の田中絹代などの起用も含めて、いかに当時の松竹が彼に対して期待していたかを物語っている。
『息子の青春』に続いて小林作品に出演の石浜朗と、デビューして間もない野添ひとみによる、良家の息子と薄幸の美少女の淡くはかないメロドラマの図式の中、ひそかに現実のシビアさや、表面だけを取り繕う周囲の心の悪意までも醸し出されているあたり、後の小林作品に見られる反骨の姿勢の萌芽のようにも思える。
《受賞》
六日会新人賞
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三つの愛
脚本:小林正樹
撮影:井上晴二
音楽:木下忠司
美術:平高主計
出演:山田五十鈴、岸惠子、三島耕、伊藤雄之助
1954/モノクロ/114分/スタンダードサイズ/松竹大船
© 1954 松竹株式会社
高原の静かな村で蝶や鳩を愛する知的障がいの少年・平太は、造り酒屋でタダ奉公している笛の上手な郁二郎と友だちになった。村人は平太をつまはじきにするが、音楽教師の通子と八杉神父だけは彼に優しく接していく……。
監督第3作目として完成させた『壁あつき部屋』の公開が延期となってショックを受けつつも、小林が助監督時代に就いた『カルメン故郷に帰る』(51)製作中に思いついたアイデアを基にしたオリジナル脚本で完成させた愛のドラマ。
小林曰く「ピューリタンなシャシン」をめざして、平太、通子、八杉と、立場の異なる3人をめぐるそれぞれの愛の行方が、差別や偏見に翻弄されてしまう人間の弱さと強さの両面をもって描出されていく。
本作あたりから、小林は松竹大船調を基軸とするメロドラマの図式から、少しずつ逸脱していく作品を撮り始めるようになる。
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この広い空のどこかに
脚本:楠田芳子 潤色:松山善三
撮影:森田俊保
音楽:木下忠司
美術:平高主計
出演:佐田啓二、久我美子、高峰秀子、石浜朗、大木実
1954/モノクロ/109分/スタンダードサイズ/松竹大船
© 1954 松竹株式会社
川崎で酒屋を営む森田家は、後妻で入った義母しげの許、血の?がらない長男の良一と妻ひろ子、戦災で足が不自由になった妹・泰子、学生の弟・登の5人家族。ある日、職探しで上京してきたひろ子の幼馴染・信吉が彼女に会いに来たことで、しげと泰子は二人の仲を憶測するが、そんな泰子にもようやく愛の光が……。
脚本に木下惠介の妹・楠田芳子、潤色に松山善三と、一見木下組の息のかかった松竹大船調のオーソドックスなホームドラマに思えるが、小林は表面で優しい笑みを浮かべる人々の悪意や、頑なな心の奥に眠る純粋な想いなどなど、人ならば誰もが内包する複雑かつ繊細な心情に着目しながら、生きていく上での理想と現実とのギャップを叙情性豊かに描出していく。
また、その上で「この広い空の下のどこかに、僕を愛して、一緒に苦労して、それでも楽しいと思ってくれる人が、一人だけはきっといるんだ」といった登の口癖こそ、小林の真意でもあるのだろう。
《受賞》
毎日映画コンクール女優主演賞:高峰秀子
同 女優助演賞:久我美子
同 音楽賞:木下忠司
文部省特選
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美わしき歳月
脚本:松山善三
撮影:森田俊保
音楽:木下忠司
美術:平高主計
出演:久我美子、 木村功、佐田啓二、織本順吉、田村秋子、小沢栄
1955/モノクロ/125分/スタンダードサイズ/松竹大船
© 1955 松竹株式会社
祖母と二人で小さな花屋を営む桜子は、戦死した兄の友人・今西と相思相愛の仲。しかし、同じく友人のひとり仲尾が心を寄せる由美子が今西と会っているのを見た桜子は、二人の仲を誤解してしまう……。
『この広い空のどこかに』の潤色を担当した木下組助監督出身の松山善三によるオリジナル脚本の映画化で、戦後10年、桜子とその周囲をめぐるさまざまな若者たちの愛の姿を描いたものだが、ときに老世代のユニークな恋まで対比させながら、若い世代の繊細な息吹を真摯に捉えていく小林監督の目線にブレはない。木下組の名編集者・杉原よしの小林組参加も、作品の快活テンポを具現化させてくれている。
当時、他作品で海外ロケに行く予定だった佐田啓二は本作の脚本を読んで感銘を受け、会社と監督に直訴して撮影日程を延期させてもらい、ようやく仲尾役を得たという、異例の措置がなされた作品でもある。今西役の木村功は、これが松竹映画初出演であった。
《受賞》
文部省特選
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泉
原作:岸田國士
脚色:松山善三
撮影:森田俊保
音楽:木下忠司
美術:平高主計
出演:佐分利信、有馬稲子、佐田啓二、渡辺文雄、内田良平、桂木洋子
1956/モノクロ/129分/スタンダードサイズ/松竹大船
© 1956 松竹株式会社
主な舞台は、水源地の問題で土地の人々と土建会社の間で諍いが続く浅間山麓の曽根集落。植物学者の幾島は実業家・立花の秘書・素子に心惹かれていたが、まもなくして立花は謎の自殺を遂げ、素子は土建会社社長の秘書となる。それまで新たな水源地を探し続けていた幾島は、素子への想いが届かないことを悟って、彼女の許を去るが……。
シンプルかつ芳醇なタイトルとは裏腹に、水源地問題という社会派的題材の中にメロドラマの要素を盛り込んだ異色ラブ・ストーリー。岸田國士の小説を原作に『美わしき歳月』の松山善三が脚色したものだが、農村と資本側の対立が、そのまま男女の確執とも絡み合っていく構造が秀逸。
男からはなかなか真意が汲み取れないヒロインの複雑な内面を、有馬稲子が見事に体現。佐分利信扮する実業家は、後の『化石』主人公と相通じるものを感じさせる。戦争で右手が不自由になった幾島(佐田啓二)にも、戦争の惨禍を知る小林の想いが反映されているかのようだ。
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壁あつき部屋
原作:BC級戦犯の手記より
脚色:安部公房
撮影:楠田浩之
音楽:木下忠司
美術:中村公彦
出演:三島耕、浜 田寅彦、岸惠子、小林トシ子、小沢栄、信欣三、伊藤雄之助
1956/モノクロ/110分/スタンダードサイズ/新鋭プロ
© 1956 松竹株式会社
戦時中に上官浜田の命令で現地人を殺し、その浜田の密告で重労働終身刑の判決を受けて巣鴨プリズンに投獄された山下は、母の死を知らされ、一時的に出所を許される。しかし、そこで彼は留守中の家を浜田が迫害し続けていたことを知り……。
「社会に対して発言するような映画作家になりたい」と常々考えていた小林正樹が安部公房の脚本を得て、監督3作目として手掛けた53年度の監督作品。
無実でありながらBC級戦犯として投獄された戦争犠牲者の実際の手記を下地に、戦争犯罪の実行者が罪を背負い、戦争犯罪を命じた者は無実のまま街を闊歩するという不条理に着目しながら、戦争犯罪の真実を追求していく作品である。
当時は独立プロの反戦映画が流行しており、本作も松竹が新鋭プロダクションを立ち上げて小林に撮らせたものだが、完成したものを見た松竹は、対米感情の配慮から公開を見合わせ、56年にようやく陽の目を見たという、曰くつきの作品ともなった。
後に小林監督は、A級戦犯が勝者に裁かれていく運命を見据えたドキュメンタリー映画『東京裁判』(83)を発表している。
《受賞》
日本文化人会議(阿部知二会長)平和文化賞
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あなた買います
原作:小野稔
脚色:松山善三
撮影:厚田雄春
音楽:木下忠司
美術:平高主計
出演:佐田啓二、岸惠子、大木実、伊藤雄之助、水戸光子、東野英治郎
1956/モノクロ/112分/スタンダードサイズ/松竹大船
© 1956 松竹株式会社
プロ野球チーム東洋フラワーズのスカウト岸本は、大学野球の花形選手・栗田をスカウトするよう重役から命じられ、栗田を今まで育て上げてきたヒモのような男・球気に接近するが、得体のしれない彼は、他球団スカウトをも手玉に取りながら、栗田の値をどんどん吊り上げていく……。
小野稔の同名ベストセラー小説を原作に、ストーブ・リーグとも呼ばれたプロ野球界スカウトたちの狂騒をスキャンダラスに描いた小林の出世作。球界の裏面を暴くストーリーを通して、欲にとりつかれた人間の真実の姿を追求していこうとする演出姿勢が貫かれ、結果どの世界にも共通する人間の欲望の核心を突くことに見事成功している。登場人物に誰一人として、いわゆる善人がいないのもいっそ痛快だ。
本作と、これに先駆けてようやく公開された『壁あつき部屋』によって、小林は一気に社会派監督としての名声を得るようになった。撮影を小津映画の名匠・厚田雄春が担当しているのも異色ではある(厚田は『黒い河』の撮影も担当)。
《受賞》
キネマ旬報ベスト・テン9位
ブルーリボン賞男優主演賞:佐田啓二
同 男優助演賞:多々良純
(文筆:増當竜也)