-
黒い河
原作:富島健夫
脚色:松山善三
撮影:厚田雄春
音楽:木下忠司
美術:平高主計
出演:有馬稲子、渡辺文雄、仲代達矢、山田五十鈴、桂木洋子、淡路惠子
1957/モノクロ/110分/スタンダードサイズ/松竹大船
© 1957 松竹株式会社
学生の西田が米軍基地に近い貧乏長屋に引っ越してきた。まもなくしてその長屋を買い取ろうとする動きがあり、仲介の人斬りジョーら愚連隊は住人の立ち退きを画策する。同時にジョーは、以前より目をつけていた西田の友人・静子を手籠めにし……。
富島健夫の同名小説を原作に、1954年に岸惠子、久我美子、有馬稲子を中心に設立した“にんじんくらぶ”が企画し、米軍基地周辺の諸問題を浮き彫りにしていく社会派青春群像映画。これまで3人の女優の資質を活かした作品を連打してきた小林がメガホンをとるのは当然の帰結で、特に本作は有馬が扮する静子の悲劇に焦点を当てており、「結果として自分自身を滅ぼす形でしか自分を救えなかった女のギリギリの心理を、迫力あるタッチで描きたい」とは小林の弁であった。
仲代達矢がここで小林作品に初出演し、ピカレスクな魅力をギラギラと発散。やがて彼は小林映画の“顔”として絶対に欠かせない存在と化していく。
-
人間の條件・第一部純愛篇、第二部激怒篇
原作:五味川純平
脚色:松山善三、小林正樹
撮影:宮島義勇
音楽:木下忠司
美術:平高主計
出演:仲代達矢、新珠三千代、淡島千景、有馬稲子、佐田啓二、山村聰、石浜朗
1959/モノクロ/206分/シネスコサイズ/にんじんくらぶ=歌舞伎座映画
© 1959 松竹株式会社
昭和18年(1943年)、南満州鉄鋼会社に勤務する梶は、美千子と結婚した直後に老虎嶺の鉱山の労務管理に就き、工人たちの待遇改善に腐心する。しかし、やがて緊急増産のために北支から送り込まれた捕虜600名が電気が流れる鉄条網の中で牛馬のように扱われていることを知った梶は……。
五味川純平が自らの従軍体験をもとに記したベストセラー小説を原作に、全6部(上映は2部ずつ)の長編仕様で綴る一大反戦映画シリーズの第1弾。
「青春を戦争の中で送り、自分の意思に反して戦争に協力する形でしか、あの時代を生き残ることができなかった不幸な経験を、梶という人間像の中でもう一度確かめてみたい」と、戦中派の小林は並々ならぬ意欲を燃やし、理想が過酷な現実の前に屈していくことの悲劇を通して、確固とした戦争否定の信念を露にしていく堂々たる大河超大作シリーズに着手。これが国内だけでなく海外からも喝采を浴びたことで、小林の名声は世界に轟くこととなった。
《受賞》
キネマ旬報ベスト・テン5位
ブルーリボン賞女優助演賞:新珠三千代(第三部&第四部も併せて)
第25回都民映画コンクール金賞
優秀映画鑑賞会特選
ヴェネチア国際映画祭サン・ジョルジョ(銀)賞:小林正樹(第三部&第四部も併せて)
同 パンネッティ(イタリア批評家)賞
-
人間の條件・第三部望郷篇、第四部戦雲篇
原作:五味川純平
脚色:松山善三、小林正樹
撮影:宮島義勇
音楽:木下忠司
美術:平高主計
出演:仲代達矢、新珠三千代、桂小金治、多々良純、佐田啓二、川津祐介
1959/モノクロ/178分/シネスコサイズ/人間プロダクション
© 1959 松竹株式会社
労務管理の職を解かれ、関東軍に配属された梶は、連日の厳しい訓練に耐えつつも、上等兵らに睨まれ、思想犯を兄に持つ新城ともども迫害の日々を過ごす。やがて新城は脱走し……。
前作の大ヒットを受けての大河シリーズ第2弾。今回はにんじんくらぶと松竹の合同ユニット“人間プロ”の製作で、軍隊の非人道的仕打ちの数々にスポットを当てながら、過酷な運命に翻弄されながらも決して己を捨てることのない梶の不屈の信念が描かれていく。
ちなみに大船撮影所に入所してすぐに応召され、満州にて幹部候補生試験を受けさせられた小林は、面接官から映画の仕事を非難されて抗弁したことで不合格となり、二度と将校にはなるまいと誓いつつ、国境警備の任に就きながらシナリオを書き続けたという。戦後、五味川純平の小説『人間の條件』の小説を読んで、自分の戦争体験を広い視野で捉え直すきっかけとなったという小林の想いは、特にこの『第三部&第四部』に反映されていると思しい。
《受賞》
キネマ旬報ベスト・テン10位
毎日映画コンクール撮影賞:宮島義勇
-
人間の條件・完結篇 第五部死の脱出、第六部曠野の彷徨
原作:五味川純平
脚色:松山善三、小林正樹、稲垣公一
撮影:宮島義勇
音楽:木下忠司
美術:平高主計
出演:仲代達矢、新珠三千代、中村玉緒、高峰秀子、川 津祐介、笠智衆
1961/モノクロ/190分/シネスコサイズ/にんじんくらぶ
© 1961 松竹株式会社
ソ満国境でソ連軍の攻撃を受けて隊は全滅し、生き延びた梶らは避難民と合流し、戦争が終わったのかどうかもわからぬまま歩き続ける。日本軍はもはや味方にならず、民兵とソ連軍の追従から逃れつつ、避難民は次々と斃れていき、やがて梶はソ連軍の捕虜となる……。
大河シリーズ堂々の完結。戦争を忌み嫌いながらも戦争に巻き込まれていく被害者であり、一方では敵を殺す加害者として生きていかざるをえなかった梶の二重の苦悩は、実は当時の多くの日本人が抱えていた苦悩であったことを、小林は自らの過去の体験に即しながらリアルに描出。また、それでも戦争という非人間的な行為を、人間として乗り越えようとする梶の姿は、せめて彼のようにありたかったという当時の日本人の想いを代弁しているかのようでもある。
社会に対する理想と現実のギャップから醸し出されるペシミスティックな想いを、純粋な愛の尊さをもって払拭しようと図り続けた松竹時代の小林作品の総決算ともいえよう。
《受賞》
キネマ旬報ベスト・テン4位
毎日芸術賞
毎日映画コンクール日本映画大賞
同 監督賞:小林正樹
同 脚本賞:松山善三
同 男優主演賞:仲代達矢
同 撮影賞:宮島義勇
同 録音賞:西崎英雄
NHK映画賞最優秀作品賞
同 主演賞:仲代達矢
ブルーリボン賞企画賞:若槻繁
第1回日本映画記者会賞:シリーズの全スタッフに対して
サンケイ・ミリオン・パール1位
-
からみ合い
原作:南条範夫
脚色:稲垣公一
撮影:川又昂
音楽:武満徹
美術:戸田重昌
出演:山村聰、渡辺美佐子、千秋実、岸惠子、宮口精二、仲代達矢
1962/モノクロ/108分/シネスコサイズ/にんじんくらぶ=松竹大船
© 1962 松竹株式会社
ガンで余命3か月と宣告された会社社長が、かつて関係があった3人の女の子どもに遺産の3分の2をを渡すべく、秘書のやす子、秘書課長の藤井、顧問弁護士の吉田に捜索を命じる。しかし、それぞれ遺産をわが物にしようと画策し……。
南条範夫の小説を原作に、遺産をめぐる人間の赤裸々な欲望を露にしていくサスペンス映画。小林としては超大作『人間の條件』全6部作を撮り終えて、肩の力を抜いて手掛けたと思しき小品であるとともに、実に粋な犯罪映画の快作となっている。
中でも、虚々実々の駆け引きを経て平凡な女が徐々に惡の華を開かせていく様が圧巻で、演じる岸惠子の美貌と存在感がフルに活かされた作品ともいえよう。
特筆すべきは、本作で初めて音楽を武満徹に依頼していることで、ここで彼は犯罪の匂いが濃厚なジャズの調べのみならず、効果音など音響全体まで責任を負い、多大な成果を収めている。以後、小林作品はすべて武満徹が担当することになった。
-
切腹
原作:滝口康彦
脚色:橋本忍
撮影:宮島義勇
音楽:武満徹
美術:大角純平、戸田重昌
出演:仲代達矢、石浜朗、岩下志麻、丹波哲郎、三国連太郎
1962/モノクロ/134分/シネスコサイズ/松竹京都
© 1962 松竹株式会社
寛永7年(1630年)の秋、井伊家上屋敷に津雲半四郎という浪人が現れ、切腹のためにお庭を拝借したいという。申し出を受けた家老の斎藤勘解由は、春に同じ要件で来た千々岩求女なる者の無残な最期を話し始めるが、実は彼こそ半四郎の娘婿であった……。
小林が初めて手掛けた本格時代劇映画。滝口康彦の『異聞浪人記』を原作に、橋本忍の時間軸を錯綜された秀逸な脚本構成と、宮島義勇の重厚な撮影、そして武満徹の琵琶などの和楽器を主とした斬新な音楽などを得て、封建社会の非人道性を露にするとともに、世界に通用するエンタテインメント作品として屹立させた名作である。
“HARAKIRI”の英題でカンヌ国際映画祭に出品された際は「ギリシャ悲劇が日本にもあったのか?」と喝采を浴び、小林の世界的名声を揺るぎないものとした。撮影当時29歳にして50代の浪人を演じた仲代達矢は、本身(真剣)を用いた殺陣の緊張感も含めて、もっとも忘れられない作品になったとのことである。
《受賞》
キネマ旬報ベスト・テン3位
毎日映画コンクール日本映画大賞
同 音楽賞:武満徹
同 美術賞:大角純平・戸田重昌
同 録音賞:西崎英雄
ブルーリボン賞男優主演賞:仲代達矢
同 脚本賞:橋本忍
第9回国民映画賞(シルバースター)
同 作品賞
同 監督賞:小林正樹
同 脚本賞:橋本忍
カンヌ国際映画祭審査員特別賞
(文筆:増當竜也)