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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(19)」
彼にはもう音楽、……音楽の中でしか父親に会えないんだ。

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連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(18)」砂の器

 今から10年以上前、最晩年の丹波哲郎に何度かインタビューを行って、一冊の本にまとめる機会があった。どうしても聞きたかったことの一つはいわゆる丹波伝説、セリフをまったく覚えないまま現場に入るという噂だった。

「話としては面白い。たしかに丹波哲郎らしい。だから、ファンのためには伝説を否定しないほうがいいのかもしれないな(笑)。でも、前もってセリフを1行も覚えずに、50年以上も俳優をやってられるわけがないよ。そもそも俳優の仕事はセリフを覚えるところからスタートするんだから」

 例の低い声で嬉しそうに語ってくれたのだが、セリフの覚え方はやはり丹波流だった。「台本を読みながら、頭の中に自分で情景をつくり、ただ言葉を記憶するのではなく、一つの映像としてセリフを体に染み込ませていく」のだという。だから、一言一句正確に覚えてその通りに喋るようなことはしない。勝手に自分の言葉に置き換え、自分にとって自然な言い回しにしてしまうことも多々あったらしい。当然、台本通りにセリフを言わなければ納得しない監督とはソリが合わなかった。

 しかも自分のセリフに自分で感動してしまうクセがある。喋っている途中で息苦しくなり、つい言葉に詰まってしまうのだ。だから、『砂の器』は丹波哲郎にとってはとりわけ思い出の深い、そして苦労の多い映画だった。

連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(18)」砂の器

 映画のクライマックスで、刑事役の丹波哲郎は事件の真相を諄々と語って聞かせる。しかもセリフは長い。その途中で自分が語るセリフに酔って、何度やっても同じところで言葉に詰まり、絶句した。スタッフや共演者に「丹波哲郎はちゃんとセリフを覚えていない」と誤解されてもしかたない。しかし本人は誠心誠意演じているのだ。そんなことを知ってからは『砂の器』はぼくにとってますます愛すべき映画になった。

 原作・松本清張、監督・野村芳太郎という『張込み』(63年)から続く名コンビの作品である。東北弁の「カメダ」という言葉しか手がかりのない殺人事件を、丹波哲郎と森田健作演じる二人の刑事が地道に捜査していくのが前半で、終盤の約1時間は犯人である天才音楽家(加藤剛)の過去や殺人の動機が解き明かされることに費やされる。今も多くの映画ファンが涙するのはここである。

連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(18)」砂の器

 丹波哲郎がときに宙を見上げ、涙ぐみながら事件の全貌を説明していく捜査会議。故郷を追われた父と子が各地を放浪する回想シーン。音楽家の新作「宿命」が今まさに演奏されているコンサートシーン。3つのシーンがカットバックで緻密に組み立てられていて、感動が巨大な波となって押し寄せてくる。津軽から信州、北陸、山陰と全国をロケし、美しくも厳しい日本の四季をとらえた川又昻のカメラが圧巻だ。

「彼にはもう音楽、……音楽の中でしか父親に会えないんだ」

連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(18)」砂の器

 これは捜査会議を終え、犯人逮捕のためにコンサート会場にきた丹波哲郎のセリフである。ぼくはこの言葉を聞くと、彼がインタビューで語ってくれた言葉を引用したい誘惑にかられる。本そのものは丹波哲郎の面白おかしい映画人生と例の霊界話がごっちゃになった不思議な内容だったが、ときに真面目な顔でこんなことを説くのだった。

「愛するとは人に愛を与えることであり、善である。一方、愛されたいと願うことは他人から愛を奪うことであり、必ずしも善とは言えない。人間、人に愛されるより、人を愛することのほうが何百倍も大切なんだ」

連載コラム「銀幕を舞うコトバたち(18)」砂の器

『砂の器』の犯人の生い立ちは想像を絶するほど過酷である。それでも彼の周りには、少年時代は親身に面倒を見てくれた警察官がいたし、音楽家として成功してからは愛人や婚約者がいた。人から愛されることはあったはずなのに、とうとう自ら人を愛そうとはしなかった。唯一愛したはずの父に対しても最後は会うことを拒んでしまう。『砂の器』は丹波哲郎的な視点に立てば、人を愛することができなかった男の、哀しく切ないヒューマンサスペンスなのである。

 

文 米谷紳之介

 


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■ 日時:2017年8月12日(土)開場 16:30/開演 17:00
     2017年8月13日(日)開場 13:30/開演 14:00
■ 上映作品:映画『砂の器』(松竹・橋本プロ=提携作品/1974年10月19日劇場公開)
  ※上映は2005年製作のリマスター版です。
■スタッフ:原作 松本清張/監督 野村芳太郎/脚本 橋本忍/山田洋次
          撮影 川又昻/音楽監督 芥川也寸志/作曲 菅野光亮
■キャスト:丹波哲郎/加藤 剛/森田健作/島田陽子/山口果林
                  加藤 嘉/緒形 拳/佐分利 信/渥美 清 他
■ 場所:渋谷・Bunkamuraオーチャードホール
■ コンサート出演:指揮 竹本泰蔵/演奏 東京交響楽団/ピアノ 近藤嘉宏/コンサートディレクター 和田薫
■公式サイト:http://promax.co.jp/sunanoutsuwa/

 

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